もう,ほぼ 1 年前のことになりますが,2005 年 11 月にシンガポールで ACM Multimedia 2005 という学会があり,私はそこで voiscape に関するデモをしてきました (その論文はこちら). これまで 10 回以上,海外への出張や個人旅行をしてきましたが,このシンガポール出張でもこれまでにない経験をいくつかしましたが,それらの経験のうちいちばんおおきかったのは,ホテルがうまってしまって,まったくとまる部屋がないということです.
2005 年 11 月にシンガポールで ACM Multimedia 2005 という学会があり,私はそこで voiscape (ヴォイスケープ) に関するデモをしてきました. これまで 10 回以上,海外への出張や個人旅行をしてきましたが,このシンガポール出張でもこれまでにない経験をいくつかしたので,ここに書いておくことにします. それらの経験のうちいちばんおおきかったのは,ホテルがうまってしまって,まったくとまる部屋がないということ (「シンガポール中のホテルが満室!! という経験」) でしたが,ここに書くのはスーツケースがこわれて,かわりのスーツケースを値引き交渉して買った話です.
4 月 1 日から 4 日にかけて,はじめて,家族でグアムに行ってきました. 運わるく台風が接近してきて,そのためにいろいろ予定がくるってのですが,タモン (Tumon) の海をはじめ,オンワード・ビーチ・リゾート (Onward Beach Resort) や水族館 (Underwater World) を経験してきたので,それについて何回かにわけて書くことにします. ここでは台風に関係することを書きます.
グアムにはじめていきましたが,ハワイにはこれまでに 2 回いったことがあります. どちらもミクロネシアにあってアメリカの一部であり (ただしグアムは準州),海を中心としたリゾートであるという点で共通していますが,ちがう点もいろいろあります. 個人的な比較をしてみようとおもいます.
グアムの代表的なウォーターパークとして,オンワード・ビーチ・リゾート (Onward Beach Resort),パシフィック・アイランヅ・クラブ (Pacific Islands Club),ターザ (Tarza) があるといわれています. これらのうち, もっとも人気がたかいのはオンワード・ビーチ・リゾートであるようにおもわれます. そこにいってきたので,感想を書くことにします.
もうだいぶまえのことであり,いまさらブログに書くようなことでもないのですが,シンガポールにはこれまであわせて 3 回いきました. それぞれおもいでがあって,一番最近いったときのできごとは 「シンガポールでこわれたスーツケースを買いかえた話」 や 「シンガポール中のホテルが満室!! という経験」 に書いているのですが,マーライオンに関しては最初にいったときが一番よかったとおもいます.
北朝鮮や共産主義時代のポーランド,チェコスロバキアからフランス,イタリアなどまで,"なつかしい" 20 世紀の旅行記である. 旅行すると町を歩きまくる私にとってはそれなりにおもしろい話だし,旅行のひとつのたのしみかたがわかるともいえる. しかし,もうふるい話なので,これから旅行するときには,あまりやくにはたたないだろう. というわけで星 3 つ.
評価: ★★★☆☆
樋口 裕一 の 「旅のハプニングから思考力をつける!
」 という本を読みました.
その感想は 「20 世紀の街の旅行記」 に書きました.
海外旅行の途中でおこるおもいがけないできごとを “たのしもう”,あるいは “いかそう” という趣旨ですが,これは,まちあるきをたのしむ,私の海外旅行のやりかたに通じるところがあります.
私も世界のいろいろなまちをあるいてきました.
そのすべてをここに書くことはできないので,まずはバンコクのことを書いてみようとおもいます.
ヨーロッパにしろアメリカにしろオーストラリアにしろ,都市の旧市街だけをとってみれば,徒歩で十分まわれるのが普通です. パリもそういうまちのひとつです. 私が最初に海外にでたのは,1987 年のフランスです. 学会出張であり,目的地はサン・マロでした. もっとも印象的だったのはモン・サン・ミシェルだったといってよい (それについても機会があれば書きたい) のですが,パリももちろん,いろいろおもしろかったとおもいます. そのときの旅行記は PC9801 のファイルのかたちで,どこかにねむっているはずなので,いずれほりおこしたいとおもっていますが,ここではとりあえず,いまおもいだせる徒歩観光について書いてみたいとおもいます.
パリには 3 回くらいいきましたが,これは 3 回め,出張でいった 2000 年ころのことです. パリについてホテルにいくときに,ひとから道をきかれて,それにこたえているうちに警察がやってきて,しぼられたという話です.
イベント・プロデューサーである 平野 暁臣 は 「コトづくりの眼」 (日本実務出版, 2005) という本 (117 ページ) につぎのように書いています.
欧米の人たちは広場の使い方がうまい. [中略] なかにはその存在感を世界の轟かせている広場だってある. パリのポンピドーセンターでは世界から集まったパフォーマーが腕を競っているし,ロンドンのコベントガーデンは蚤の市やストリートミュージシャンでにぎわっている.
私にとってはロンドンのピカデリーサーカスがたまたま一番記憶にのこっています.
もうだいぶまえのことになってしまいましたが,2005 年の年末から 1 年間のあいだに,仕事で中国の杭州に 3 回ほどいきました. おもしろいものはいろいろありましたが,テレビもそのひとつでした. もっとホットなうちに書けばいろいろ書けたかもしれませんが,いまでも印象にのこっていることをかきとめておこうとおもいます.
2000 年前後にベルリンでは建設ラッシュがつづいていました. そこをしばしばおとずれていたことをイベント・プロデューサーである 平野 暁臣 が書いています. 私も 1999 年にベルリンにいったときのことをおもいだしました.
1990 年代のはじめに夫婦でヨーロッパ縦断旅行をしました. 日本からウィーンにはいり,ザルツブルクをとおって,ドイツをとおりながらスイスを横断し,パリまでいきました. ヨーロッパを旅するには宿の予約はいらないと書いた本があったので,それを信じて宿の予約をとらずにいって,右往左往したことが何回かあり,それ以来,旅行するときは国内でも海外でもかならず宿を予約してからいくようになりました.
「宿を予約しない旅は危険 ?!」 で 1992 年のヨーロッパ旅行にふれたついでに,当時のおもいでをいくつか書いてみようとおもいます. この旅行でスイスのルツェルンにいきましたが,このまちの名所のひとつは,カペル橋 (Kapellbrücke) という,14 世紀につくられた屋根つきの木造橋です. 当時,この橋はつくられた当時のままでした. 橋をわたってもそれほどつよい印象をうけたわけではありませんが,その約 1 年後,1993 年にこの橋は火災で焼失してしまいました. それをテレビのニュースできいたときには,やはり特別なおもいがしたものです.
ICOIN 2008 (International Conference On Information Networking) という学会で発表するため,韓国釜山 (부산,Busan / Pusan,プサン) の海雲台 (해운대,Haeundae,ヘウンデ) という場所にきました. 学会はあすからですが,あすの飛行機でくるとぎりぎり開会にまにあわないので,余裕をもってきょう (1 月 22 日),くることにしていました. この項目は,1 日めの感想を書いたものです. ほかの日のことや,釜山に関する特定の話題について書いた項目はつぎのとおりです.
韓国の釜山 (부산, Busan / Pusan, 釜山) で Riviera Hotel (リベラ・ホテル) というホテルにとまりました. その印象を書いてみたいとおもいます.
学会は 13:00 すぎからひらかれます. 夜がながいので,会社の仕事はできるだけ夜にまわして,午前は地下鉄をつかって,やや遠出しました.
韓国の釜山 (부산,Busan / Pusan,プサン) でも当然,コンビニはあります. セブンイレブンもあるらしいのですが,海雲台 (해운대,Haeundae,ヘウンデ) 付近ではみかけません. ファミリーマートはよくありますが,ちいさなみせがおおくて,品ぞろえはよくありません.
インターネット・アクセスについてのぼやきと,学会の CD-ROM 論文集,そして朝食と夕食について書きます.
学会じたいについては (発表の内容についてはもちろん書くべきことはありますが,それはそもそもここには書いてはいないので,それ以外は) とくに書くことはないので,それ以外のことを書きます.
国内用の PC を韓国でつかえるようにするため,会社から電源プラグのアダプタを借りました. 写真のようなものです. はじめてみたとたんに,これがありがたくないものであることはわかりましたが,たいした問題ではないとかんがえて,そのままもっていきました.
釜山 (부산,Busan / Pusan,プサン) への出張の最終日 (1 月 26 日) です. きょうは遠出する時間はないので,基本的には帰るだけです. きょうもやはりキャッシングに失敗したので,つなわたり状態ですが,なんとかおみやげも買うことができました.
もうだいぶまえのことですが,2005 年から 2006 年にかけて,3 回ほど中国の杭州に出張する機会がありました. 杭州は上海から比較的ちかい (最近,新幹線ができたので 1 時間くらいでいけるようになったときいています) 中規模の都市です (周辺もふくめると人口は 800 万人くらいとのこと). そこで空港からまちにいく途中,不思議な家がたくさんあるのをみました. 塔がついていたり,家の一番最上階に特別なへやがついていたりします. 仕事の相手にきいても,なぜそういうつくりになっているのか,わかりませんでした.
日本の地方都市のなかには駅前通りが 「シャッター通り」 と化しているところがすくなくありませんが,ふつうはさすがに廃墟にまではなっていません. しかし,1980 年代にアメリカの自動車産業が没落してから,デトロイト (Detroit) のまちの中心部は廃墟となり,いまだに回復していないようです.