[ トップページ ]

メイン

アート・イベント・エンターテイメント アーカイブ

0001-01-01

OsakaExpo.jpg このカテゴリーにはアート (絵画,音楽等),エンターテイメント (映画,音楽,ゲーム等),イベント (展覧会,コンサート,競技会等) 等に関する話題をあつめています. 上位のカテゴリーはカナダからのブログです. ビデオ・映画・テレビ建築文学音楽などに関する話題はサブカテゴリーに分類しているので,そちらをみてください.

このページやサブカテゴリーのページには書評もふくまれていますが,アート・イベント・エンターテイメントに関する書評のページにはそれらの書評だけをあつめています.

なお,このページはアート・イベント・エンターテイメント アーカイブのページの先頭に表示されるように,意図的に投稿日時を 0001-01-01 00:00:00 としてあります (実際の投稿日時は 2007-11-03 16:22 です).

おもくなるのをさけるためにアーカイブのページには写真がはいらないようにしていますが,いくつかの個別ページにある写真をここに引用しておきます.

2007-09-09

遊園地にはある程度の非日常性があります. ジェットコースターのようなのりものによる体験は非日常的なものです. 非日常の代表として 「まつり」 がありますが,遊園地にはまつりのようなイベントではありません. つまり,まつりが年に 1 回だけひらかれるのに対して,遊園地にはいつでもいけます. このような,日常 (いわゆる 「ケ」) とまつりのようなつよい非日常 (「ハレ」) とのあいだにある,よわい非日常性が遊園地の特質であるようにおもわれます.

つづく…

マラソン大会はイベントの一種であり,東京マラソンなどをみればその人気のたかさがわかります. しかし,マラソン大会は各種のイベントのなかで特異な位置にあるようにおもえます. ここではその特異性を分析してみたいとおもいます.

つづく…

非日常的な行為には危険がともなうことがおおいとかんがえられます. ここでは,まつり,スポーツ大会などの競技会,ジェットコースターのような遊園地ののりもののそれぞれについて,非日常的な行為と危険・スリルとの関係をかんがえてみることにします.

つづく…

2007-09-13

おおきなイベントはいろいろな波及効果をもっています. 1964 年の東京オリンピックが日本とくに東京のインフラにおおきな影響をあたえたことはよく知られています. 東海道新幹線,首都高速,いくつかの競技場など,さまざまなインフラが整備されました. これらのインフラほどではないでしょうが,音楽も影響をうけたようにおもいます. また,1970 年の大阪万博も音楽的にインパクトをもっていたようにおもいます.

つづく…

2007-09-14

イベント・プロデューサーである 平野 暁臣 は 「コトづくりの眼」 (日本実務出版, 2005) という本のなかで 「イベントにとって一番大切なもの,それはおそらく 「物語」 だ.」 (p. 45) と書いています. このことばがどういう意味をもっているのか,この本から十分に把握することはできません. なぜなら,この本はみじかいエッセイをあつめたものであり,ここで 「物語」 ということばがどういう意味をもっているのか,十分には展開されていないからです. しかし,「物語」 は,「イベントと ICT 技術 (とくに Mixed Reality)」 に書いた同時性,双方向性,一回性,ライブ性,参加性,空間性,体感性などのことばと同様に,私のこころにひびくことばです. したがって,イベントにとって一番大切なのは物語だということばは,おぼえておきたいとおもいます.

イベント・プロデューサーである 平野 暁臣 は 「コトづくりの眼」 (日本実務出版, 2005) という本のなかでつぎのように書いています.

「93 年に韓国の大田 (テジョン) で国際博が開かれた. [中略] カナダ館は,100 人定員のプレショー & メインシアターを 1 時間に 2 回転させているだけだ. 中身はよくできていたが,なにしろキャパシティがあまりに小さい. 延々何時間も入場を待たせている. よくこんなプランが通ったものだ,というのが最初の率直な印象だった.」

「開幕後しばらくして,ぼくはカナダ館のスタッフにこの疑問をぶつけた. すると予想に反して,彼は誇らしげにこう言ったのだ. 『たとえ数は少なくとも,高いミツドで訴求する道をあえてカナダは選んだ. いくら多くの来場者を迎えても,確実にメッセージが伝わらなければ意味がない. 計画通りだ』」

これを読んで私がおもいだしたのが愛知万博の日立館です.

つづく…

2007-09-15

展覧会とくにひとりの画家をとりあげた展覧会では,しばしば時代を追って作品が展示されます. おおくのばあい,作風は時代とともに変化するので,時間はいくつかに区分され,その作家を中心とする物語が説明文などのかたちで,かたられます. 展覧会がテレビや映画などとちがうのは,その時間のながれが空間にマップされているということです. いったんは空間にマップされた時間のながれは,そこを回遊する観客にとっての時間のながれというかたちで,ふたたび時間にマップされます.

つづく…

以前,遠隔会話のためのメディア voiscape (ヴォイスケープ) に関係してテレビ朝日のひとの話をききにいったことがあります. そのときにきいたのは,表現者 (映像作家) はフレーム (わく) のなかに視聴者の注意をひきつけて,表現したものをそのままみてほしいということでした. これに対して,イベント・プロデューサーの 平野 勝臣 は映像についても観客が自分で選択して見るしかけをつくっています. 通常の映像作家と “イベント作家” とのちがいを感じさせる話です.

つづく…

イベント屋ではなく情報通信屋の私にとって,この本の内容はすぐにやくだつというものではない. しかし,MR (Mixed Reality) とイベントとの比較,コミュニケーションとコラボレーションの問題など,情報通信技術との接点もいろいろ論じられている. また,“ハレ” の場だった子どものころの正月の話や,“計算” がなくエネルギーにみちていた大阪万博の話など,その後,現在までのあいだにうしなわれてしまったものをふりかえる機会をあたえてくれる. 著者自身がこれらのさまざまなかんがえ -- アイデア -- をもとにイベントに挑戦しているわけだが,これらのアイデアをイベントにせよ他の世界にせよ,いかしていくことができるか,読者にも挑戦がもとめられているのだとおもう.

評価: ★★★★★

関連リンク: コトづくりの眼@ [bk1]コトづくりの眼@Amazon.co.jp

つづく…

この本の著者のひとりである平野の本 「コトづくりの眼」 はイベントに関するさまざまなかんがえやアイデアの宝庫である. この本においても平野が主導権をにぎっているが,「コトづくりの眼」 ほどの密度はないので,まず 「コトづくりの眼」 を読むとよいだろう. それでも 「コトづくりの眼」 にはなかったかんがえがいくつか書いてあるし,(私にはあまり興味がないが) イベントの実務にかかわるヒントはこの本のほうがえられるだろう.

評価: ★★★★☆

関連リンク: イベントの底力@ [bk1]イベントの底力@Amazon.co.jp

つづく…

モノをデザインするときにそのつかいかたなど,モノに付随する “コト” が重要だということに異論はない. “コト” についてかんがえるとき,それをストーリー化するのもよいことだとおもう. しかし,私にわからないのは,なぜセリフまで書いてシナリオにしなければならないかということである. この本にはそういうシナリオがいろいろ書かれているが,私はうんざりするだけである.

評価: ★★☆☆☆

関連リンク: 商品企画のシナリオ発想術@ [bk1]商品企画のシナリオ発想術@Amazon.co.jp

つづく…

2007-09-17

著者はイベント演出家がどういう仕事をしているか,イベントを成功させるための条件はなにか,などを語っている. そしてなによりも,著者が一部を演出した 「2002 FIFA ワールドカップ」 と 「国民文化祭・ふくい 2005」 における波乱と感動にみちた経験を語っている. とくに,リハーサルでの失敗をのりこえて閉会式で舞わせた 27000 匹の折鶴の話がもっとも印象的である.

評価: ★★★★☆

関連リンク: イベント営業演出家@ [bk1]イベント営業演出家@Amazon.co.jp

つづく…

2007-09-21

大阪万博は “イベント” をなりわいとするひとにとっては非常におおきな意味をもつものであり,それ以降の仕事のやりかたにおおきな影響をあたえたものだったようです. 最近読んだいくつかの本でそれを知りました. 私自身も中学生のときに大阪万博にいきましたが,そこまでの影響はうけなかったとおもいます.

つづく…

2007-10-22

この本はひどく評判がわるい. 「ゲーム脳の恐怖」 というタイトルからして,拒否反応がでるのはもっともなことだとおもう. 実際,著者はもともと 「ゲームは脳にわるい」 という仮説 (あるいはおもいこみ) をもっていて,それを証明するために実験をかさねてきたのだとおもわれる. しかし,論理に不完全な点があったり,おもいこみにもとづいて書かれた部分があるのはこの本にかぎったことではない. この本を冷静に読めば,著者がそんなにバランスを欠いた主張をしているわけではないことがわかる. ゲームをするときはからだの非常にかぎられた部分しかつかわない. そうした状態をつづけるのでなく,お手玉などのようにもっとからだ全体をつかうあそびをしたほうがよいという主張はもっともなものだとおもう. 冷静に読めば,えるところのある本だとおもう.

評価: ★★★☆☆

関連リンク: ゲーム脳の恐怖@ [bk1]ゲーム脳の恐怖@Amazon.co.jp

つづく…

2007-11-10

このブログにはできるだけ写真をのせるようにしています. 写真はひとの目をひきつけるちからがあるからです. そのなかには,自分でとった写真もあり,借りものの写真もあります. ここでは,そういう写真のえらびかたとつくりかたについて書きます.

つづく…

2007-11-21

母のためにえらんだオリンパス FE-150 というデジカメの電池がすぐなくなるというので,しらべました. デジカメじたいの問題ではないようですが,しらべるついでに家のなかや周囲の写真をとってみました. 500 万画素のカメラですが,使用目的がほとんどメイルで写真をおくるためなので,640×480 つまり 30 万画素でつかっています.

つづく…

本書のタイトルからは日常の食卓の問題点を指摘した本のようにみえたが,実際はクリスマスと正月の祝いかたや料理についてのアンケートをもとにした分析が大半をしめている. つまり,むしろハレの食卓についての本である.

最近の日本では正月はしだいにハレの座からひきずりおろされ,かわってクリスマスにハレのやくわりがあたえられている. このハレの場をもりあげるために,中学生・高校生にまでもサンタクロースのプレゼントがおくられる. とはいっても,ハレの場をつくるのに家族が共同作業をするわけではなくて,それぞれバラバラに自分のやりたいことをやり,たべたいものをたべる.

アンケートにこたえた主婦のおおくは,おせち料理など日本の伝統を継承していくべきだし自分もそうしたいと書きながら,それとはまったく反する行動をしているという. 著者はそこにするどい危機感を感じている. これだけの情報から結果をどう解釈したらよいのか私にはよくわからないが,現代の家庭・食卓への警鐘として,読むべき本だとおもう.

評価: ★★★★☆

関連リンク: 普通の家族がいちばん怖い@ [bk1]普通の家族がいちばん怖い@Amazon.co.jp

つづく…

岩村暢子の 「普通の家族がいちばん怖い」 (新潮社) という本には,アンケートの結果をもとに,現代の主婦から正月はきらわれクリスマスが好かれていることがえがかれています. クリスマスはたのしいが,正月はたのしくない. クリスマスにはケーキなどのおいしいものがたべられるが,おせち料理はこどもがおいしくないという. あと何 10 年かしたら正月をいわう伝統はすたれてしまうのでしょうか?

つづく…

2008-02-03

ニコニコ動画のコメントについてはいろいろ書いてきましたが,それは掛け声のようなものだと,いまになって気づきました. 歌舞伎では 「掛け声」,オペラでは同様の行為が 「クラック (claque)」 とよばれています. ニコニコ動画やそれにつづくメディアがこういう伝統的な行為をどう発展させていくことになるのか,あるいはそうならないのか,興味がもてます.

つづく…

2008-02-10

風景写真も人物写真もあり,20 世紀のさまざまなできごとを感じさせるものもあるが,戦争など,あまり刺激的な写真はふくまれていない. ヌード写真もあり,Amazon.co.jp では版によってアダルト指定をうけているが,本来は指定されるべき本ではないとかんがえられる. 大半はモノクロ写真だが,わずかにカラー写真がふくまれている.

ダリがしばしば登場していることからもわかるように,20 世紀の心理描写や個人の生活を中心とした写真集ということができるだろう. 20 世紀にはもちろんもっとほかの面もあるが,760 ページもある写真集とはいえ,1 冊ですべてをあつかうことはできないということなのだろう.

評価: ★★★★☆

関連リンク: 20th Century Photography@Amazon.com 20th Century Photography@Amazon.co.jp

つづく…

Google の画像検索はテーマによってはつまらない図や写真ばかりがでてくることもありますが,ジェットコースターの検索はとてもおもしろい写真を多数みせてくれました.

つづく…

2008-04-12

これは,「通信と放送の融合」 に関する本というよりは,コンテンツ政策に関する本である. 日本特有のポップカルチャーがうみだすコンテンツに目をむけ,それをいかすコンテンツ政策を提言している. 通信と放送との区分は日本特有の法制からくるものである. イギリスのコンテンツ配信事業者からは 「伝送方式で制度の適用が異なり,著作権処理の扱いも異なる,という日本の事情が一笑に付された」 (p. 192) という. つまり,「通信と放送の融合」 というのは技術的な課題ではなくて,こういう法制をあるべきすがたになおしていくことだということだろう.

評価: ★★★★☆

関連リンク: 「通信と放送の融合」のこれから@ [bk1]「通信と放送の融合」のこれから@Amazon.co.jp

つづく…

2008-04-29

WBS をのぞいては民放のテレビをほとんどみない私が,たまたま日本テレビの 「天才ダビンチ 伝説の巨大壁画発見 !」 なる番組を途中からみました. ゆくえ不明になっていた 「アンギアリの戦い」 (Battaglia di Anghiari) という作品が,実はベッキオ宮にあるヴァザーリ (Giorgio Vasari) の絵の裏にかくされていることをマウリツィオ・セラセチーニ (Maurizio Seracini) という研究者が発見した,そのヒントになったのは彼がヴァザーリの絵にあるのを発見した cerca trova (さがせばみつかる) というとばだったということです. この作品は戦争の残虐さをえがいた絵だということです. ここからさきは私の想像ですが,ダビンチ (Leonardo da Vinci) ほどの大芸術家の絵ではあっても,このような絵はその場にふさわしくないとかんがえられて,完成されるまえに封印されてしまったということではないでしょうか.

つづく…

2008-05-31

著者はさまざまな 「まちづくり」 の活動を調査して,それらのなまのすがたをつたえるとともに,そこから今後のまちづくりへの展望をみちびこうとしている. 終章では 「上からの改革」 がもはや機能しないことやボランティアの重要性についてのべていて,それはそのとおりだとおもうが,この結論はまったく不満足なものである. この程度のことなら,たとえば NHK の 「ご近所の底力」 などでも,いつも話題にされていることである [もっとも,本書の出版の時点ではこの番組ははじまっていなかったのだろうが].

本書で紹介された 「まちづくり」 の例のなかにはもっと,くみとるべきものがあるようにおもう. たとえば十勝の 「北の屋台」 については 「改行準備として 2000 年 2 月に 「北の起業広場協同組合」 を設立し,ホームページを開設. 市内の各所で世界の屋台の写真パネルの展示会を開催し,新聞社をはじめとして各種のメディアの協力も得て広報活動を行った.…」 といった記述があるが,ここからくみとれるものはすくなくないとおもう. それをくみとる作業をすべて読者にまかせてしまうのでは,著者,研究者としての仕事を放棄してしまっているといわざるをえないのではないだろうか.

評価: ★★★☆☆

関連リンク: 〈地域人〉とまちづくり@ [bk1]〈地域人〉とまちづくり@Amazon.co.jp

つづく…

2008-06-07

BCCKS」 という Web サイトがあります. ここでは「本がかんたんにつくれる」ということですが,すでに多数のオンラインの 「本」 があります. そのなかに 「清野とおる 未収録漫画」 というのがあります. 雑誌に発表するつもりで書きながら未収録におわった作品をのせたものですが,これをみると,紙メディアのために書いた作品を,うまく Web の紙とのちがいをいかしてプレゼンしていて,感心しました.

つづく…

2008-06-24

中国のわかい写真家を中心として,80 人ほどの作品を紹介している. Amazon.com で 4.5★ の評価をうけていたので,現代中国のエネルギーが感じられる作品を期待して買ったが,期待はずれだった. 写真など,あたらしい作風のものはまだ熟していないと感じられる. それに対して中国の伝統をいかした Gu Wenda の書にはみるべきものがある. ほかに Song Kun によるすこし空虚な情感をとらえた絵画 (水彩?),Wang Qingsong の,多数の人間をつかった彫刻のような写真 (?) には,すこし興味をひかれた. これから何 10 年かさきには,きっとおもしろいことになるだろう.

評価: ★★☆☆☆

関連リンク: China Art Book@Amazon.co.jp

つづく…

2008-07-09

Artnet.com というサイトで Marina Abramovic という女性写真家の作品が紹介されている. 自分の裸体を被写体とした作品がおおいようである. このサイトと “Out of the Red” (Damiani) という本には Chen Lingyang という女性写真家の作品が紹介されている. こちらは月経時の女性の性器が被写体とされている. だれのものかはもちろん書いてないが,このような状態がうつせるのは作家本人のものだからだろう. 男性でも自分のからだをうつすことはもちろんできるが,その意味はおおきくちがってくるようにおもえる.

つづく…