文学アーカイブの説明
このカテゴリーには小説,詩歌などに関する話題をあつめています.
上位のカテゴリーはアート・イベント・エンターテイメントです.
なお,このページは文学アーカイブのページの先頭に表示されるように,意図的に投稿日時を 0001-01-01 00:00:00 としてあります (実際の投稿日時は 2007-11-03 16:43 です).
おもくなるのをさけるために,このページには写真がはいらないようにしていますが,個別ページにある写真をここにいくつか引用しておきます.
このカテゴリーには小説,詩歌などに関する話題をあつめています.
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おもくなるのをさけるために,このページには写真がはいらないようにしていますが,個別ページにある写真をここにいくつか引用しておきます.
子供が俳句をつくる宿題をもらってきたが,子供がつくらないうちに,親のほうがいろいろ俳句をつくってしまう.
かぶとむし えさからはなれぬ かごのなか
かたもみで 親孝行する 子供の日
子供の日 みずあびしてる こいのぼり (ほんとうは雨がふったのは翌日)
ブログの本は多数あるが,文章のかきかたについての本はほとんどない. したがって,本書は希少なものだといえる. とはいっても,本書ではブログの文章を特別なものとかんがえているわけではなく,まずコラムとエッセイに分類し,エッセイのかきかたとして 「枕草子」,「方丈記」,「徒然草」 という 3 つのコースからえらぶことをすすめている. 非常に古典的な分類だといってよいだろう. しかし,文章法について書いているにしては文章構成について書いてないのが弱点である. 後半はブログの内容を出版することからはじまり,小説のかきかたまで書かれている.
全体をとおしてみると,中途半端だという印象がぬぐえない. エッセイはともかくコラムはどう書けばよいのかもよく書いてない. 著者は小説家なので小説へのおもいいれが書かれているが,ブログをもとにしてどうやって小説が書けるのかもわからない. 著者の文章とくに小説に関する古典的なかんがえかたとブログというあたらしいスタイルとのミスマッチを解くことができない.
評価: ★★★☆☆
この小説のでだしでは,つよく非日常性をもとめる涼宮ハルヒと退屈な日常とのコントラストがうまく発展していくことを期待した. しかし,その後あまりに急速に非日常性が拡大していきながら,キョンや朝比奈はあいかわらず “ふつう” にえがかれていることに,私はついていけなくなった. 日常性と非日常性との関係がもうすこし,ていねいにえがかれていれば,私にとってももっと迫力があったとおもう.
評価: ★★★☆☆
関連リンク:
涼宮ハルヒの憂鬱@
![[bk1]](/weblog/bk1.png)
,
涼宮ハルヒの憂鬱@Amazon.co.jp.
アンデルセンの 「マッチ売りの少女」 において,少女は売れないにもかかわらず,マッチを売りつづけました. さむいなかで売りつづけた少女は,やがて凍死してしまいます. 少女は天国に召されてすくわれたことになっていますが,やはり死んだということは敗北したということだとおもいます. どうすればこのような事態をふせぐことができたのでしょうか?
ときは 1960 年代,破産の危機におちいっている常談炭鉱とその従業員をすくうため,菜噛羅社長はここにハワイ庵センタをつくる構想を練っていた.
NHK の大河ドラマにおける篤姫は,当時の日本においては自分ですすむ道をきりひらくことはできず男にしたがうしかないということをみとめつつも,できる範囲で自発的にかつ積極的にふるまっています. いわば,社長にはしたがわざるをえないが自分の権限の範囲ではおおなたをふるえる “副社長” として,最大限の努力をしているようにみえます. それはあたかも現代の企業における経営者 (副社長) のようにえがかれているように私にはみえます.