教育と学習 アーカイブの説明
このカテゴリーには教育や学習を中心とする話題をあつめています. 上位のカテゴリーはカナダからのブログです.
このページには書評もふくまれていますが,教育と学習に関する書評のページにはそれらの書評だけをあつめています.
なお,このページは 教育と学習 アーカイブ のページの先頭に表示されるように,意図的に投稿日時を 0001-01-01 00:00:00 としてあります (実際の投稿日時は 2007-11-03 18:52 です).
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この本は教育基本法制定から改正論の歴史と条文の抽象的な解釈がのべられているが,改正論の背景となっている現在の教育における具体的な問題点との関係がのべられていない. 改正に反対するのであれば,すくなくとも,いま教育現場でおこっているさまざまな問題が教育基本法に起因するものでないことをしめす必要があるし,できれば問題を解決するうえで教育基本法がどう役立つのかをしめしてほしい. こうした記述がない以上,改正への反対論としては失敗しているとかんがえざるをえない.
評価: ★★☆☆☆
関連リンク:
いま、教育基本法を読む@
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いま、教育基本法を読む@Amazon.co.jp.
ここでは,私が必要にせまられて速読するようになってきたということについて書きます. といっても,速読について書いている本や文章はやまほどあって,それにつけくわえることはあまりありません. また私自身は速読法をならったり,それに関する本を読んで,それにならっているというわけではありません. 読みたい本が山ほどあるので,必要にせまられて,自分で速読をこころみているようなわけです. それから,「論文コピーとりまくり」 に書いたように,論文のコピーもやまほどあって,これもできるだけはやく読む必要がありました.
子供が俳句をつくる宿題をもらってきたが,子供がつくらないうちに,親のほうがいろいろ俳句をつくってしまう.
かぶとむし えさからはなれぬ かごのなか
かたもみで 親孝行する 子供の日
子供の日 みずあびしてる こいのぼり (ほんとうは雨がふったのは翌日)
この本を読んだのはもう 20 年以上まえであり,それ以後は読んでいないが,いまでも文章を書くときにはこの本からえた知識がやくにたっている.読点のうちかたと修飾語のならべかた (ながいものからみじかいものへ) はいつも意識している.とくに理科系むきにはほかの著者による本がすすめられていることがおおいが,私は理科系・文科系をとわず,この本をすすめたい.本多のほかの本 (「殺す側の論理」) の書評で本多勝一を「ばか」よばわりしたが,この本は秀逸である.
評価: ★★★★★
関連リンク:
日本語の作文技術@
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日本語の作文技術@Amazon.co.jp.
Amazon には本のリストを登録することができます. たいていのリストは,なぜそれらの本がひとまとめになっているかもよくわかりません. そのなかで 「我が家の教科書~「教育改革」は当てにならない」 は,ありふれた教育書には興味がなくなってきた私にも,リストされた本のおおくに興味がもてます.
むかしから,ちまたにはいろいろな速読法があります. 私も自分がどのように速読しているかを 「速読のための訓練」 に書きました. おおくの速読法においては 「一度に多くの文字を見る」 のが秘訣とされています. たとえば 徳永 基 は 「誰でもできる科学的速読法」 にそのことを書いています. それはたしかに納得のいく話ですが,あまりインパクトがありません. しかし,「SRS (Super Reading System) 速読法」 を開発した 栗田 昌裕 は通常の読書法が 「音の読書」 であるのに対して SRS 速読法は 「光の読書」 だと書いています (「1分間に1ページの読書しかできない理由」). 速読をこころがけているものにとっては音読しないことは当然ですが,一般人にうったえかけるには 「光の読書」 ということばはインパクトがあるようにおもいます.
私が仕事をしていて腹のたつことのひとつは,私が一生懸命書いた文章をよむひとがすくないということです. 社内でも協業他社でも,もとめられるのは説明文ではなくてパワーポイントの資料です. 一生懸命,絵をかくことがもとめられます. たしかに図は短時間で把握するのにはよい. しかし,図をつかっても論理をきちんとかくことはできませんし,なによりも文章よりかくのに時間がかかります. 時間がかぎられているから,論理をきちんと記述する必要があるからといって文章でかいたものを,よまずにすませるなどということがあってよいのでしょうか. また,論理をはっきりさせるべきところを書かずにすませるなどということがあってもよいものでしょうか.
「私の常識に反する会社での PowerPoint プレゼン資料づくり」 には,会社で私がつくった PowerPoint ドキュメントが予想しない方向に改訂されて唖然としたことを書きました. それ以来,おおくの日本人が PowerPoint によるドキュメントやプレゼンテーションについてどうかんがえているのかを知るために,それらに関する本をすこし,しらべてきました. その結果,日本にはプレゼンテーションのノウハウと PowerPoint のつかいかたの両方をバランスよく書いた本がみあたらないこと,アメリカにはそういう本があるけれどもかなりぶあついことなどがわかりました.
世の中には物理が得意なひとと不得意なひとがいます. 私も相対性理論くらいになるとよくわからなくなってきますが,ニュートン力学程度なら物理的直観がはたらくので,定性的なことならかんがえなくても,即座にわかることがおおいのです. 物理的直観をみがくことが重要だとおもいます.
本書では,第 1 章を中心として,ゆとり教育のさまざまな深刻な問題がとりあげられている. しかし,第 2 章ではゆとり教育の理念がとりあげられて検討され,結論としては今後もこの理念を実現するべく,ゆとり教育をつづけていくべきだといっている. しかし,ゆとり教育の理念がどうすばらしいのか,第 2 章でとりあげられている 寺脇 研 のことばは,すくなくとも私には説得力がない. 著者がどうしてそのことばに説得されたのかがわかるように書かれないかぎり,消化不良からすくわれないままである.
評価: ★★☆☆☆
関連リンク:
ゆとり教育は本当に死んだのか@
![[bk1]](/weblog/bk1.png)
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ゆとり教育は本当に死んだのか@Amazon.co.jp.
私が小学生のとき,学習研究社の 「科学」 と 「学習」 を欠かさず買っていました. とくに科学の付録は宝物のようにあつかって,いまでもいくつか,てもとにのこっています. おおきなものは,すててしまったか,または保存してあるにしてもどの箱にはいっているかわからなくなってしまいました. いくつかのちいさなものは,いまでもすぐにとりだせる位置にあります.
日本の大学教員は論文数などの業績が諸外国にくらべてすくないといわれています. 業績をあげなくても大学教授をやめさせられないことにそのおもな原因をもとめる議論がさんざん,なされてきました. そのため,教員を評価する制度がしだいにとりいれられてきました. 地位が安定していることも業績がすくないひとつの理由ではあるのでしょうが,ほんとうにそれがおおきな原因なのでしょうか? すくなくとも,雑用がおおいことがおおきな原因になっていることは,まちがいないとおもえます.