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「先生」 への敬意をとりもどすべし

日本では,医師も教師も 「先生」 とよばれてきた. それは,これらの職業についたひとびとが尊敬されてきたからにほかならない. 「先生」 とよばれていることはいまでもかわらないが,その意味はすっかり,かるくなってしまった. 「先生」 の意味をもう一度,かんがえなおすべきなのではないだろうか? 医療や教育のさまざまな問題を解決するひとつのキーがここにあるとおもう.

医療事故をおこした医師の責任だけでなく人格までがとわれることがしばしばある. 教師に関してもその質の低下がしばしば問題にされる. たしかに,悪徳な医師や教師がいないわけではないし,そういうひとがニュースになりやすいために,めだつことも事実である. しかし,おおくの医師や教師は真摯に職務にむかいあっている. 病院や学校にはさまざまな問題があり,それを個人あるいはひとつの組織で解決することはできないが,だからといってそれを非難することはできないだろう.

この点では同様に 「先生」 とよばれることがある,国会議員などの政治家についても同様である. マスコミなどは政治家がみな悪人であるかのように書きたてるが,ここでも事情は同様である.

政治家を 「先生」 とよぶのが適切であるかどうかはともかくとして,おおくの医師や教師に対して,また政治家に対しても,かれらのはたらきに対しては敬意をはらうにあたいすると私はおもう. かれらへの敬意をとりもどし,かれらをこまらせるモンスター・ペイシェントやモンスター・ペアレント (そしてモンスター有権者 (?!)) を排除することが,かれらによりよい仕事をしてもらうために必要だとおもえる.

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