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原発事故時の政府・東電関係者のコミュニケーションの失敗 ― 危機を想定した訓練が必要

国会で原発事故の調査がつづけられている. 当時の政府と東電の当事者たちの発言,かんがえのちがいがあらためてうきぼりにされている. 焦点のひとつは東電が福島第一原発から全員を退避させるつもりだったかどうかだ. 東電がほんとうに全員を退避させるつもりだったとはかんがえられないが,当事者のコミュニケーション能力の不足が誤解と相互不信をまねいたようにおもえる. 危機の際にも適切なコミュニケーションができるように,現場のひとだけでなく政府要人や会社幹部も訓練しておくことが重要だといえるだろう.

東電の清水前社長は全員を退避させるつもりはなく,最悪のときでも 10 人ほどはのこすつもりだったと証言している. しかし,政府関係者はくちをそろえて,東電が全員を退避させるつもりだとうけとったと証言している.

東電が実は全員を退避させようとかんがえていたという仮説を完全に否定することはできないが,常識的にかんがえてそれはかんがえにくい. コミュニケーションがうまくいかなかったために政府に誤解をあたえたとかんがえるべきだろう. しかし,それではなぜコミュニケーションに失敗したのかをかんがえてみよう.

そこでおこったことは,「撤退はありえない」 と首相からつよくいわれて,東電側 (社長) がいいわけせずに,つまり誤解されたままそれにしたがったということだろう. そこでのひとつの原因は政府の側とくに菅首相の,相手に説明する余裕をあたえない,はげしいことばにあるだろう. こういう危機のときでも相手から必要な情報をひきだして,誤解や不信を増幅させないようなコミュニケーション・スキルが首相や他の政府関係者に必要だったといえるだろう. これは首相だけの問題ではなくて,首相が十分に対応できなければそれを脇からささえる必要があったということができる. ひとりの人間に全部を依存してしまうとすると,あまりに危険すぎる.

だが,政府側が十分に対応できなかったとしても,東電側は必要なことは説明するべきだったはずだ. なにも説明せずに首相にしたがったことで,誤解と不信をうみだしてしまった. 相手がどんな調子でせまってきていても,また相手がだれであっても,うまく説明するコミュニケーション・スキルが必要だったといえるだろう. 東電側も,社長がコミュニケーションに失敗したらほかのひとがそれをささえる必要があったということができる.

危機の際のコミュニケーション能力に関しては,当時の枝野官房長官がスポークスマンとしてたかい能力を発揮したこともわすれられない [3]. しかし,その枝野も東電とのコミュニケーションに関しては失敗したといわざるをえない. スポークスマンとしての枝野の成功は通常時のコミュニケーション能力をいかしたものであり,危機の際のコミュニケーション能力を訓練していたわけではない.

危機がおこったあとではないが,危機につながるコミュニケーションというと,同様に失敗例としておもいだすのはスペースシャトル 「チャレンジャー」 の事故だ. 事故につながる兆候はいくつかあったものの,事前にそれをとらえることができずに,事故がおこってしまったという (たとえば [1][4]). 危機を回避するため,また危機がおこったあとにうまく対応するためには,それを意識したコミュニケーション能力の訓練が必要だろう.

こうした危機の際のコミュニケーションに関しては,スペースシャトル 「チャレンジャー」 や 「コロンビア」 の分析 [1] からもわかるように,アメリカでは分析・研究がすすんでいる. それに対して日本では危機とくに災害の際のコミュニケーションの分析・研究がおくれていることが指摘されている [2].

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