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技術と時代の変曲点と,それへの対応

いま,われわれは時代の変曲点,つまり,おおきな変化の時代にさしかかっているようにおもわれます. ここをまがりきると,これまでとはまったくちがった世界がひらけ,あたらしい時代がはじまり,それにともなってあたらしいニーズにもとづくあたらしい技術が必要とされていくようにおもわれます.

コンピュータが登場したのは 1950 年代,インターネットが一般につかわれるようになったのは 1990 年代,これらの情報通信技術 (ICT) によって世界はおおきくかわってきましたが,いまのところはそれらの影響はむしろ限定的だということができます. よのなかのインフラはもはやコンピュータなしではすまなくなっていますし,インターネットからの情報はわれわれの生活になくてはならないものになっています. しかし,まだそれらはまだ,われわれの生活の基盤を根本的にかえるところまでにはいたっていないとおもいます. 19 世紀のおわりから 20 世紀なかばにかけて,さまざまな情報通信技術が登場してきました. 電信をはじめとする無線通信,電話のような双方向の遠隔通信,ラジオやテレビのような電波を通じたマスコミなどです. それらは当初はアナログ技術として登場し,その後デジタル技術によって変化させられてきましたが,人間とそれらとインタフェースという点においては,いまのところ,それらが出現した当時とおおきな変化はありません.

ほんとうにおおきな変化がくるのは,まだこれからです. この変化の兆候は,すでにコンピュータやインターネットなどのデジタル情報通信技術によってもたらされています. それらがもたらす技術的な変化は,もうすでにかなりあきらかになっているでしょう. しかし,それらがもたらす社会的な変化は,まだたぶんその一部しかみえていないのだとおもいます. 技術的な変化が社会をはっきり変化にみちびくまでには,通常,すくなくとも数 10 年はかかります. この変化の兆候としては,たとえば Second Life (セカンドライフ) のような仮想世界の出現をあげることができるでしょう. しかし,それだけで変化の全体を推定できるところまでは,まだきていないとおもいます. Second Life じたいは,かならずしもこれから社会におおきな変化をもたらすことにはならないとおもわれます. しかし,Second Life が象徴しているような変化を,もしそれがきえたとしても,なにかほかのものがついでいくようにおもいます. そして,われわれはいま,技術と時代の 「変曲点」 にさしかかっているのだとおもいます.

いま,このみじかい文章のなかで,なぜいまが時代の変曲点だといえるのか,なぜこのさき技術がおおきく変化していくのかを説明することは,とうていできません. それについては,今後,徐々に説明していく必要があります. いまはそれを単なる信念として,あるいは予言として,のべておくにとどめます.

おおきな変化がない時代においては,これまでの変化の方向をみさだめて,そのさきにあるものを読んでいけば,時代のながれにのっていくことができます. しかし,変化がただこれまでの方向にとどまらず,方向をかえていくときには,これまでの方向をみさだめるだけでは不十分です. さきほどしめしたような予言にもとづいてのべることをゆるされるならば,こういう時代には,政治・経済・社会の専門家にとっても,技術者・研究者にとっても,自分がこれまであつかってきたテリトリーのなかにとどまっていたのでは,時代のながれからとりのこされてしまいます. 私はひとりの研究者ですが,研究者にとっても,時代を読み,自分がもつ専門知識やスキルにとらわれることなく変化に対応していくことがぜひ必要です. ほかの分野のひとびとと同様に,これまで立脚してきた常識やこれまでとってきた行動にとらわれることなく,あらゆる理性と感性とを動員して,時代の変化をよみとり,それにあった行動をとっていく必要があります.

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