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Web とインターネット, 言語・コミュニケーションとネットワーキング

情報とコミュニケーションにおける非日常性 == イベント

Web は基本的にはデータベースのようなものです. つまり,Web 上の情報はいつでもみることができる,日常的なものです. もちろん,非日常性を演出するために,特定の情報を特定の期間だけそこにおくことはできますし,実際にそういう 「イベント」 が開催されてきています. しかし,非日常性ということばからすぐに連想される 「まつり」 とくらべると,なにか魅力に欠けたものであるようにおもえます.

野村総研の山崎秀夫氏は 「07 年に評価される SNS 非日常性と 「穏やかさ」 -- 野村総合研究所 山崎秀夫氏インタビュー Vol.2 --」 のなかで,2007 年には SNS において非日常性が再評価されるようになると予測しています. SNS においては,たとえばカーニバルのような非日常的なイベント (「祭り」) がひらかれることがあります [Ino 05] (p. 178-187). しかし,山崎氏がいう非日常性とはセカンドライフのような日常世界とはちがう世界をつくることを意味しています. しかし,このような世界がセカンドライフのなかでおおきく変化することなく継続的に存在していくばあいには,それはむしろ日常になってしまいます. 単に実世界とはちがう日常があるということです. したがって,非日常性はイベント性といってもいいとかんがえられます. 「まつり」 に非日常性があるのは,それが 1 年に 1 回のイベントだからです.

イベントの重要な属性は発生時刻です. イベントは特定の時刻におこって,それをひとびとが同時に体験します. まつりにしても,コンサートにしても,スポーツ大会にしても,そうです. したがって,オンラインでイベントを体験するには実時間で情報をつたえることがぜひ必要です. また,おおぜいでイベントを体験するためには,おおくのひとがその情報を共有できるようにすることが必要です. しかも,イベントを共体験するためには情報が一方向にながれるだけでは十分ではありません. まつりにしてもコンサートにしても,参加できるということが重要です. まつりならばみこしをかついだり,盆踊りに参加したりすることができる. コンサートでは自分が演奏することは通常できませんが,拍手したり歓声をあげたりして,それが演奏者や聴衆につたわります. こういう双方向のコミュニケーションなしにイベントはなりたたないでしょう.

この点でいまのインターネットあるいは IP ネットワークのしくみは非常に不利だといわざるをえません. おおぜいのひとに対して一方向に実時間で情報をおくるのも不得意ですが,これはマルチキャストをつかえば可能です. とはいっても,現在のインターネット上ではかぎられた範囲でしかマルチキャストはつかえません. 双方向性をもたせるにも原理的にはマルチキャストでできますが,大規模になるとうごきません. 現実には,たとえばセカンドライフでは (そもそもマルチキャストはつかっていないとかんがえられますが) 1 カ所に一度にはいれるひとのかずは 10 数人だということです. これではイベントを実現することは到底できません. これは,ネットワークが今後さらに発展していくためには,ぜひ解決しなければならない問題なのではないかとおもいます.

参考文献

[Ino 05] 猪蔵 他, “ソーシャル*ネットワーキング*サービス 縁の手帖”, 翔泳社, 1995.

キーワード: イベント, 共体験, 非日常性

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