2. 自己組織系とはなにか ?


Created: 10/13/94, Updated: 5/6/2002.

計算機やそのソフトウェアを一部分としてふくむようなシステムを,計算システムとよ ぶことにする.計算システムはユーザである人間とインタフェースされているとかんがえ ることもでき,また人間をその一部としてふくんでいるとかんがえることもできる.計算 システムを構築するときに手本となるのは,自然システムすなわち自然がつくりあげたシ ステムや自然につくりあげられた社会システムである. 自然システムの特徴として,シス テム哲学者 Laszlo はつぎのような項目をあげている [Las 72] [*1]

自己組織系とは自己組織性をもったシステムのことだが,自己組織系はそれだけでなく前 記の 4 つのすべての特徴をそなえたシステムのことをいうのだとかんがえられる.したが って,計算システムとの関連において,これらの特徴について順に論じることにしよう.

第 1 に全体性についてのべる.前章で例示したような社会的な計算システムは自然シス テムとしての人間社会を反映しているから,社会がもつ全体性をうけつがざるをえないと かんがえられる.前章でのべたようにそれを積極的に利用しようとするならば,自己組織 系である自然システムにまなぶ,あるいは自己組織系を構成するなかでそれを実現してい くのがよい方法だろう.

第 2 に自己安定性についてのべる.自己安定性は前章でのべた人間の不完全性や非合理 性に対するひとつの解決策となりうるとかんがえられる.すなわち,不完全性や非合理性 はシステムに対してノイズとして作用するとかんがえることができるだろうが,これらの ノイズの作用にもかかわらずシステムを安定的に動作させるためにはこの性質が重要にな る.

自己組織性はこの報告の主要なテーマであるからあとでゆっくり議論することにする. また,階層性は現在の計算システムもすでにもっている基本的な性質だとかんがえられる ので,とくに説明する必要はないだろう [*7].なお,あとの議論のために,前記の 4 つの 特徴のうちの自己安定性や自己組織性はそのシステムが環境とのやりとりをする,すなわ ち開放性をもっていることを前提としていることを注意しておく.

自己組織系を工学的につくりだすためには,まずその性質をより明確にし,モデルをつ くる必要があるとかんがえられる[*8].そこで,まず自己組織系がもつべき性質あるいは 前記の自己組織性の内容についてさらにかんがえることにしよう [*9]

(1) 組織性 : 秩序の生成

自己組織系は組織化をおこなう.すなわち,秩序をうみだす [*10]

システムが秩序をうみだしているかどうかを検証するには,秩序の指標が必要であろう. 指標としてすぐにおもいつくのはエントロピーである [*11].しかし,第 1 に,どのよう なシステムにもあてはまるエントロピーの定義が存在するわけではない.第 2 に,エント ロピーが秩序の指標としてかならずしも適切なものではないことが指摘されている [Hak 78] (p. 15) [Deg 88].しかし,エントロピー以外の指標をかんがえると,さらに客観 性は うすれてしまう [*12].したがって,すくなくとも現在のところ,秩序ということばの意 味を一般的に,また完全に客観的に定義することはできず,秩序の指標は対象となるシス テムごとに定義するほかはないとかんがえられる.

ところで (1) の条件をみたすものは ``組織化'' ではあるが, ``自己組織化'' であるかど うかはこれだけではきまらない.そこで,つぎの性質をかんがえる.

(2) 自発性または自律性 : 非決定性の存在

自己組織化であるためには,システムが外部からのちからによって決定論的に (あるい は運命論的に) 動作するのではなく,自発的・自律的に動作する (ようにみえる) ことが 必要だとかんがえられる [*13].したがって,自己組織系を外部から観察すれば,非決 定論的に動作しているようにみえるはずである.すなわち,自己組織系のふるまいはそ の初期状態だけから一意にきめられない.自己組織系を構成する機能要素は自由をもっ ていて,非決定的な選択をおこなうことによってシステムのつぎの状態をきめていく [*14]

ここで非決定性とは,ある初期状態にあるシステムが,そのシステムを記述するパラメタ だけでは,いくつかの可能性のうちのどの状態をとるかがきまらないという性質のことで ある.

ところで,システム要素の自発的な選択によって動作しているから,トップ・ダウンな 要素もあるものの,基本的には自己組織化はボトム・アップなはたらきによってもたらさ れるといえるだろう.

システムのある時刻の状態がそのシステムのそれ以前の状態からきまるとき,それは動 力学系 (dynamical system) とよばれる [*15].動力学系が安定状態の近傍にあるときは, 撹乱をうけてもそのシステムをその安定状態にたもとうとするはたらき,すなわちすでに のべた自己安定性がはたらく.しかし,システムがある臨界点をこえ,安定状態を維持で きない,またはそれが不利な状況がおこると,他の安定状態にうつる.

この移動には上記の非決定性がはたらくであろう.すなわち,つぎの安定状態にいたる システムの軌道が分岐 (bifurcate) していて,どちらの軌道が選択されるかはゆらぎやラ ンダムネスやその他の微小な原因によって左右される (これらの原因に対する正のフィー ドバックがはたらく) ため,あらかじめ予測できない [Pri 87 など] [*16][*17].このよう な現象は,物理系などにおいては (自発的な) ``対称性のやぶれ'' とよばれる [Pri 84].分岐 は,おおくのばあい,図 2.1 のようにカスケードをなしている [*18].自己組織系における このような軌道の選択は,非決定的であるために自発的であるようにみえる.すなわち, システムは自由に選択をおこなっているようにみえる.このように要素が自律的に動作す るということは,システムが機械論的ではなく有機論的であることを意味する [*19]


図 2.1 システムの軌道のカスケード状の分岐

自己組織系がもつ非決定性は,ある意味では ``非合理性'' とよべるであろう. すなわち 非決定的な選択はばあいによっては非合理的な選択でありうる.逆にいえば,前章でのべ たような人間がもつ非合理性をこの非決定性に吸収できるのではないかともかんがえられ る.この点に関しては 4 章において論じる.

最後につぎのような性質をかんがえる.

(3) コヒーレンス システムの性質を維持しつつ環境の変化に応じて発展していくシステムはコヒーレント なシステム [Jan 80] とよばれる.自己組織化はコヒーレントなシステムで生じる現象で あるという点は,さまざまな自己組織化に共通の特徴だとかんがえられる [*20]

コヒーレンスは自己組織系の性質としてだけでなく,それを動力学系としてモデル化する ときにも重要な性質だとかんがえられる.なぜなら,それを動力学系として記述すること を可能にしているのがまさにこの性質だからである.すなわち,コヒーレンスがあるため に,自己組織系を微分方程式のような時間に関する方程式によって記述することができる [*21]

ところで,Prigogine や Haken らによって研究されてきた物理・化学系においては,自 己組織化は非平衡非線形の開放系で生じるという重要な特徴があった.しかし,情報系に おける自己組織化がこれらのシステムとどのような関係があるかは,いまのところあきら かではない.また,自己組織性に関しては自己参照 (self-reference) またはリフレクション の問題が重要だとかんがえられている (たとえば [Jan 80]) が,この報告ではそれらについ てはふれない.

[→ 次章]


脚注

[*1] ただし,「」内以外でのことばのつかいかたはかならずしも Laszlo によるものでは ない.

[*2] 日本語では全体性の主張と全体主義とはどちらも「全体」ということばをふくんで いるが,いうまでもなくこれらの語の意味はまったくことなる.また,英語では前者は wholism,後者は totalism であって,まったくことなっていることに注意する必要がある.

[*3] 計算システムにもし自己安定性があれば,人間が不完全・非合理であるために多少 あやまったことをしても,致命的な結果にいたらずにすむだろう.なお,システム哲学に おいては ``負のフィードバック'' ということばが比喩的な意味でつかわれているという点 に注意する必要があるだろう.

[*4] 計算システムにもし自己組織性があれば,人間が不完全なプログラムやデータをあ たえても,それをおぎなうことができるだろう.なお,システム哲学においては ``正のフ ィードバック'' ということばも比喩的な意味でつかわれている.また,そのことをべつに しても,``正のフィードバック'' ということばを自己組織性ということばと同義とかんが えてることには疑問がある.すなわち,自己組織性ということばには, ``正のフィードバ ック'' ということばではとらえられないひろがありがあるとかんがえられる.

[*5] 階層性は,単にシステムが木状あるいは DAG (directed acyclic graph) 状の構造をもっ ているということを意味するだけですなく,各階層にことなる法則が適用されるというこ とを含意している.たとえば,自然の階層を後成する素粒子レベルと原子レベル,原子レ ベルと生体細胞レベルなどがことなる法則によって支配されているという非還元論的なか んがえかたがふくまれている.ただし,その一方で各階層をつらぬく法則があり,それが 重要であるということもまた指摘されている [Koe 78]

[*6] Winograd [Win ??] は,現実のシステムがきちんとした階層をもたないという性質を散 層性 (heterarchy) とよんでいる.ここで,散層性はきちんとした (ミクロな) 階層性を否 定してはいる.しかし,マクロにみれば階層性があることを否定しているわけではない.

[*7] ただし,計算システムにおいては,しばしば各階層をつうじてまったく同一の規則 が作用するようなかたちの階層性があたえられる.本来は階層ごとにことなる規則がさだ められるべきときにこのような均一の階層がさだめられているとすれば,それは計算シス テムに問題をひきおこすし,それはわれわれがもとめている意味の階層性ではない.

[*8] 自己組織系を ``工学的に'' つくりだそうというかんがえじたいに疑問がないわけでは ない.なぜなら還元主義に毒された従来の工学的な方法を適用したとたんに自己組織化は われわれの手からにげていってしまいかねないからである.現在の自然科学の方法論で自 己組織系をうまくつかまえられるとはかんがえられない部分がある.現代の数学,物理学 をはじめとするさまざまな分野において研究がかべにぶつかっているようにみえるが,自 己組織系が真にあつかえるようにするにはこのかべをのりこえる必要があるようにおもわ れる.しかし,とりあえず上記の疑問には目をつぶる.

[*9] ただし,これらは自己組織系の必要条件ではあっても十分条件ではない.必要十分 条件をしめすこと,すなわち自己組織系を定義することは,すくなくともいまのところは できないとかんがえられる.いいかえれば,それをいま無理に定義すると,Jantsch [Jan 80] らがつかっているこのことばの意味からはずれてしまうとかんがえられる.

[*10] 秩序をうみだすのが自己組織系だといってよいかどうかは疑問もある.なぜなら, 結晶がもつような静的な秩序と,生物や散逸構造のような自己組織系がうみだす動的な秩 序とのあいだにはおおきなへだだりがあるからである.

[*11] エントロピーはさまざまな分野でつかわれ,さまざまな定義があたえられている. 数学的にみると,確率論的エントロピーと量子論的エントロピーとが存在する.ここでは, これらを総称するものとしてエントロピーということばをつかっている.

[*12] Haken らによるシナジェティクスにおいては,秩序の種類と程度をあらわす量とし て ``秩序パラメタ'' がつかわれる.秩序パラメタは対象となる系ごとに定義される.しか も,ひとつの系でもその状態がおおきく変化すると,ことなる秩序パラメタをつかわなけ れば系のふるまいを説明することができない.

[*13] この条件すなわち自発性・自律性の存在は,自己組織系である人間のわれわれにと って,感覚的にも納得がいくものであるようにおもわれる.すなわち,われわれは自発的 な意志のちからによって未来をかえることができると信じている.

[*14] 自己組織系がもつこのようなはたらきにもっともはやくきづいたひとりが「生の哲 学」によって有名なベルクソンだとかんがえられる.現代哲学における自己組織パラダイ ムに貢献した哲学者・科学者として,このほかにホワイトへッド,ベルタランフィ,ヤン ツなどがいる.

[*15] 通常は決定論的なシステムだけを動力学系とよぶが,ここではシステムの状態が非 決定論的に (確率的に) きまるシステム (確率的動力学系) をかんがえる.

[*16] 軌道の選択においてはそれにからむ各種の要因が競合するが,ひとつの軌道の選択 後は,それらは協調するであろう.このような競合と協調も自己組織系を特徴づける.

[*17] あらたな安定状態じたいがあらかじめ存在せず,系がみずからつくりだすばあいも あるとかんがえられる.

[*18] このカスケードが極限に達したものがカオスにほかならない.

[*19] 現代において有機論の復権をはかったという点で哲学者ホワイトヘッドはわすれる ことができない.

[*20] 佐藤ら [Sat 92] は,コンピュータ・サイエンスにおいて自己組織的であるものがも つ性質として「系の構成要素が入れ替わっても,系が行なっている過程そのものは存続し 続ける」および「系外から見た場合,常に系としてのアイデンティティが保たれている」 という性質をあげているが,これらはコヒーレンスのことをいっているのだとかんがえら れる.佐藤ら [Sat 92] は,このほかに「系の構成要素ではなく,系が行なっているプロセ スの方が重要 (本質) である」,「静的特質よりも動的振舞いによって特徴付けられる」, 「システム内にある程度のゆらぎがあっても許容する」という性質をあわせてあげている. これらは Jantsch [Jan 80] も指摘している自己組織系の重要な性質である.

[*21] 計算システムにいわゆるシステム理論を適用することを困難にしているおもな原因 は,まさにこのコヒーレンスの欠如だとかんがえられる. 計算システムは,一見,コヒ ーレンスをもっているようにおもわれる.しかし,従来の計算システムがもしほんとうに コヒーレンスをもっているのなら,近似的であるにせよそれを適当な方程式系でモデル化 して,安定性などに関して動力学的な議論を展開することが可能なはずである.西垣 [...] はソフトウェアにフィードバックの概念を適用しようとしたたが成功しなかったとかいて いる.その原因も従来の計算システムのコヒーレンスの欠如にもとめられるであろう.


Y. Kanada