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「仮想現実」からの卒業

NHK の 「ネクストワールド」 という番組をみながらこのブログを書いている. 仮想現実,拡張現実がテーマの番組だが,私にはしらじらしくみえる. 仮想現実は現実を再現するのが目標だが,そこから卒業する (ぬけだす) ことが,この技術をもっと発展させ,もっとつかわれるものにするカギなのではないかと,ふとおもった.

仮想現実の研究は,たとえば実際に旅行するかわりに仮想現実でそれにできるだけちかい状態を実現することをめざしている. これは,人工知能学者ができるだけ人間にちかいロボットをつくろうとするのとおなじだ. しかし,すべての点で現実とおなじ仮想現実をつくるのは不可能だとおもえる. 現実をささえるきわめて複雑な,ミクロからマクロまでのさまざまなレベルのプロセス,それをすべて人工的につくりだすのは不可能だろう. それは仮想現実でもロボットでもおなじだ. そうであるなら,現実と仮想現実とのちがい,あるいは人間とロボットとのちがいを感じさせる瞬間の存在をなくすことはできないだろう. そして,そうであるなら,研究をもっとちがう方向にむけたほうがよいのではないだろうか?

映画やテレビが実現した映像と現実とのちがいを,ひとびとはしばしばわすれがちだ. 報道番組においても,そのちがいは誤解につながっている. 報道映像はせいぜい現実のごく一部をきりとっただけだが,ひとびとはそれを拡張解釈する. しかし,それらの映像のつくり手は,たぶんそれらを混同することはない. 彼らは枠のある映像を作品としてつくっているのだ. 現実とはちがう映画やテレビの可能性を追求しているのだ. 報道においても,現実のどこをきりとるかは彼らがきめている.

おなじことは,視覚にくわえて聴覚はもちろん,触覚,嗅覚,味覚などがくわわったとしても,おなじなのではないだろうか? それらは,できもしない現実を忠実に再現するためにつかうよりも,現実ではないなにかを表現するためにつかうほうがはるかに有効だろう.

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