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大連での 2 日めの観光 ― ルーツをたどる

BIT 3D という会議で発表するために中国の大連にやってきた. わざわざ中国の会議にもうしこんだ理由は,まだ世界的にみても 3D 印刷の会議はすくないなかで 1 回めをひらこうとしていること,そして大連なら比較的やすくいけることだ. 到着の翌日はもともと会議があるはずだったが,短縮されたらしくレジストレーションだけになっていたので,まる 1 日,観光にあてることができた. 私の祖父は満鉄 (南満州鉄道会社) ではたらき,母は大連でうまれそだった. そのルーツをたどるたびでもある. 1 週間まえの予報では雷雨となっていたが,実際は適度にくもっていた. この日の夜から雷雨になった.

最初に会場をたしかめようとおもった. 以前は比較的最近できて建築家から注目されている国際会議場でひらかれることになっていた (バイオの会議はここでひらかれるらしい) が,だいぶはなれた国際展示場に場所が変更された. ちかくにはもうひとつ展覧会場があり,そこにいってみると,茶や茶器の展示会をやっている. ちょっとはいってみることにした.

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日本から輸入した水を大量においているところがあって,ちょっと注目した.

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はいったら,みやげをここで買っていきたい. しかし,値段が書いてないものは買うのがむずかしい. 日本語はもちろん,英語もたぶんほとんどつうじないからだ. そのなかでほとんど唯一,値段が書いてある店があった. 3 つあわせて 200 元弱のはずなので 200 元をだしたが,うまくいかない. いろいろいっているが,わからない. べつのひとりがでてきて,ようやくはちみつのおまけつきで想定していた釣り銭をうけとった. なにが問題だったのかは,よくわからないままだ. ほかに筆や茶器などもいろいろ売っていたが,買わなかった.

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会場はそのすぐちかくであり,そのまえもとおったが,そこにははいってみなかった. 学会参加者のためのおもなホテルは Bayshore Hotel ということであり,そこでレジストレーションがおこなわれるという. あしたでもよいが,一応きょう,いってみることにした. 会場から 5 分ときいていたが,あるいて 5 分ではなくて,くるまで 5 分だったようだ. 途中でやめようかともおもったが,海岸をみるのもわるくないとおもって,いってみることにした.

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途中にちいさなコンビニがあった. これはもしかすると朝食などのときにつかえるかもしれない (とそのときはおもったが,あとでローソンをみつけたので,結局このコンビニはつかわなかった). サンドイッチの材料程度のものしかないが,ソーセージなどの肉があるのはよい.

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銀行や証券会社などがたちならんでいるところをとおっていくと,Sheraton Hotel がある. このホテルも湾に面している. タワーだけでなく,たちならぶ別荘風の建物も Sheraton のものらしい.

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海岸には日本でいう海の家があり,シュノーケルなどを売る店もある. しかし,まだおよいだり,もぐったりしているひとはいないようだ. 沖ではなにかを掘削しているようにみえる. 反対側の大連港よりはましなのだろうが,あまり海水につかるような場所ではないようにみえる.

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しばらく海岸をあるいていくと Bayshore Hotel にいきついた. レジストレーションはあっさりおわった. あしたでもよかったわけだが,海岸をみられたから,まあよいだろう. となりには水族館がある.

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ここから大連駅をめざす. 最初は路面電車をかんがえたが,停車場にいこうとしているときに,きのうも乗った 531 路のバスがきたので,それにのることにした. きのうはおりられなくてこまったが,きょうは駅が終点なので,おりられないことはないだろう. バスにのっているあいだにおもしろそうな景色もあった. とくに,途中でみた巨大な建築中のものに興味をひかれたが,身動きがとりづらいので,写真はほとんどとらなかった.

終点でおりるつもりだったが,駅よりさきまできたところで,おりるひとがいたのでそれにつられておりた. バスはその後 U ターンして駅にむかっていった.

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その周辺をしばらくみてから,大連駅のほうにむかい,きのうみつけた地下 3 階の飲食店街にいった. 自分で麺と串や野菜などの材料をとってわたすと,ゆでて辛い汁にいれてくれる店でたべた. ここなら,外食で不足しがちな野菜をすきなだけ,たべることができる. “9 串” で 30 元 (約 500 円) だった (串は 9 個もなかったが,ほかのものも “串” とかぞえているようだ).

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そこから解放路というみちをしばらくあるいた. 実は解放街というみちをいくべきだったのだが,まぎらわしいなまえなので,まちがえた. 途中でたべものや街にちょっとはいってみた.

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解放路は駅前ではなくて中山広場 (旧名は大広場らしい) からでている. まちがえていることがわかったので,解放路から武漢街をとおって解放街にむかった.

武漢街のつきあたりの小高いところにふるそうな建物がある. まわりこんでなかにはいってみると,それは現在の大連大学付属病院,もとは満鉄大連病院だった. ここはちゃんと史跡に指定されている.

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そこから解放路をすすんでいくと,もとは母がかよっていた神明女学校があった場所にでるはずだ. ふるい写真も入手してどういうたてものかわかっていたが,想定していた場所にそれはなかった. しかし,道の反対側 (南側) にそれらしい建物がある (下の写真). そこは 「南山 1910」 と書いてあって,高級住宅街になっているようだ. 入口は閉鎖されていて,門番がいる. 閉鎖している理由のひとつは,日本人が勝手にはいってくることにあるのだろう.

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さらに南にいくと,そこにももと日本人が住んでいたのではないかとおもえる住宅街があり,その道はとおることができる. 両側に住宅があるその道には一般のくるまははいってこない. 家のまえには,なぜか和服を着たこどもの人形がところどころにおいてある. これは日本人がおいたものとはおもえないし,最近着色したものだろう.

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その住宅街の北には児童公園があり,池がある. この池はむかしからあったものだという.

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公園の南にも高級住宅街があり,「南山 1910」 とある. 日本人との関係はなにも書いてないが,1910 という年号が書いてあるところからすると,日本人が戦前につくったものに価値をみとめているということだろう.

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さらに東にむかったところにもと南山麓小学校があったという. そのあたりには小学校と中学校があるが,どちらも建物は比較的あたらしい.

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そこからわずかな距離に祖父と母の家があったはずなのだが,そこはもう建てかえられているからよくわからない. そのあたりの一角は最近までふるい建物があったようなのだが,その最後の一角もすでにこわされて,もう当時のものはのこっていない.

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そこからちかいところにもと満鉄社宅があった場所があるが,そこは現在は公園のようになっている (海軍広場というらしい). 共産党の建物がそこに面している.

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朝 500 ml のボトル (日本からもってきたポカリスウェットのボトル) に水をつめてきて,さらに昼食時にはボウルにはいった辛いスープをほとんどのみほしたが,すでにのどがからからになっていた. ちかくに店があったので,そこで 2 リットルの緑茶を買った. 甘く,かつかおりづけされている. そこでまず 500 ml のボトルを利用しながら 1 リットルほどそれを飲んだ.

そこからすこし駅にちかいほうにもどっていく. 途中にエスカレータつきのアパートらしき建物があった. 高級住宅としてたてられたのだろうが,スラム化しているようにみえる.

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解放路と解放街とをまちがえたために,まだ中山広場にいっていない. そこにむかう途中にもと満鉄本社の建物がある. その周辺からはじめて,満鉄本社らしい建物をみていった. 歴史的な記述はここにはどこにもない. 数年まえのガイドブックにはここに満鉄関係の資料館や店があることになっている. 資料館は図書館の一部として現在もあるようだが,はいれるのかどうかもわからない. 店はみあたらない. ここにくる日本人がすくなくなって,閉鎖されたのだろう.

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そこからしばらくすすんでいくと,中山広場にいきつく. その周囲には当時からある建物がならんでいる.

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広場の周囲の交通量がおおい道には横断地下道があるが,広場の中央には道をよこぎっていくしかない. 実は横断地下道があったのだが,閉鎖され,こわされてしまっている. ここにひとがあつまるのを警戒しているためだろう. それでも,そこにきているひとは数 10 人はいる. 私もそこにわたってみた.

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ここから今度は大連港をめざす. そこに国際会議場がある. 会議の場所はそこから変更されているので,国際会議場にはいかなくてよいのだが,建築家が注目する建物ということなので,そこにいってみることにした.

あるいていくと大連港はなかなかとおい. 途中でまた水が欠乏したので,今度は洋梨の絵がかかれた 2 リットルの水を買った. これは 9 元 (約 160 円) であり,7.5 元の緑茶よりすこしたかい.

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大連港にようやくついてみると,観光客もすこしいる. その周辺にはキャリーバッグをもったひとがすくなからずいる. バイオのほうの学会参加者なのかもしれない.

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国際会議場は港の東にある. その各入口には監視員がいるので,なかにははいれない. しかたがないので,周囲から写真をとるだけにした.

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国際会議場より目をひいたのは,さらに東にある建物たちだ. いま建築中のものもある. 日本人がたてた建物と同様に,それらも西洋風だ. 海岸には街灯が整備され,その南にそれらの建物がある.

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すでに 6 時をまわっている. 6 月なのでさいわい,まだ日没までには時間がある. 海岸の街灯は夜になるとつくのかもしれないが,その南は工事現場なので夜はまっくらになるだろう. そのまえにここから脱出しなければならない. 西にむかうか南にむかうかという選択肢があったが,南にいけば路面電車にぶつかるはずなので,それを選択した. 東にいくと,さらにあるかなければならないが,きた道をまたあるく元気はない. それでも,路面電車の道までなかなかいきつかなかった. 電車がはしっているのかどうか,すこしうたがったが,電車が通過するのをみて安心した. ようやくいきついて停車場をさがす. 東にあるいたほうがはやかったかもしれないが,逆向きにあるきたくはないので西にむかう. 停車場までもまたかなりあるく必要があった.

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そこで待つこと 10 数分,レトロな電車がやってきて,それに乗った. この電車のほうが雰囲気があるが,そのかわりなかがせまい. あたらしい車両のほうが 2 両編成になっていて,ゆったりしている. そういうわけで,また写真はあまりとれないし,外もよくみえない.

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大連駅で電車をおりた. このなれた場所で夕食をたべる. きょうは餃子や包子があたまにうかぶ. 例の地下 3 階にもう一度いってみたが,すぐにはみつからなかったので,あきらめていったん外にでた. 外の店を物色したが,たべたいものもなかなかみつからないし,はいりやすそうなところがない. とりあえず路端のみせで腸粉を注文した. 最低 3 元くらいからあるが,いろいろいれたら 20 元だという. こまごま注文するのもめんどうなので,それでよいことにした. とはいえ,あまりごたごたいれるのはあまりよくなかったようだ. すぎたるは…

それだけではたりないので,再度,地下 3 階までおりた. もうほとんどひとがいない. そこで包子と雲呑の店をみつけた. さっきはなぜみつからなかったのだろう… ともかく,そこで両方たのんで 25 元. ここで写真をとるべきだったが,わすれた.

あとはまた 251 路のバスでかえる. 今度は警戒しすぎてはやくおりすぎた. デパートやその他の店のまえをとおりながら,ホテルにむかった.

はやくおりすぎたと書いたが,むしろもうすこしはやくおりたほうがホテルにはちかかったかもしれない. いずれにしても,あまりちかいバス停はない.

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