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社会・経済:災害・地震, 書評:社会・経済

不意の災害時に最後に信じられるのは自分 ?!

レベッカ・ソルニットの 「災害ユートピア」 という本には,不意の災害のときに,常識的な他人の指示にしたがって,いのちをおとしたひとの話がいくつか登場する. 常識が通用しない東日本大震災のような災害の際に,だれのいうことを信じるべきだろうか? 結局は自分を信じるしかないということではないだろうか?

9.11 のとき,避難をはじめたひとびとに対して,オフィスにもどるようにという呼びかけがあったという. それにしたがっていれば,いのちはなかった. また,異常を感じたひとのなかには電話でといあわせて,やはりその場にとどまるように指示されたひともいるという.

東日本大震災の際には通常の避難行動をとったために,いのちをうしなったり,急死に一生をえたひとがおおぜいいる. なかには,研究者から大津波の際には通常の避難場所ではだめだときいていて,それにしたがったひともいるという. それも予測可能な範囲だったから,あらかじめ示唆することができたのであり,9.11 のような予測不能な事態においては,とるべき行動をだれもあらかじめきいてはいないはずだ. そういうときには,結局はひとりひとりが自分の判断にしたがって行動するほかはないだろう. 東日本大震災でも,いっしょにいたにもかかわらず,夫婦の判断がわかれて一方がいのちをうしなった例があったようだ.

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