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マラソン大会のイベントとしての特殊性 ― ひらかれた会場

マラソン大会はイベントの一種であり,東京マラソンなどをみればその人気のたかさがわかります. しかし,マラソン大会は各種のイベントのなかで特異な位置にあるようにおもえます. ここではその特異性を分析してみたいとおもいます.

おおくのイベントは 1 カ所でひらかれます. 展示会,博覧会,スポーツ大会,コンサートなど,いずれをとっても,通常はひとつの会場がつかわれます. ひとつの会場だけでは十分なひろさがえられないときは,いくつかに分散されることもふりますが,そのばあいでも通常はできるだけ物理的にちかい会場が選択されます. たとえば,愛知万博は長久手会場と瀬戸会場とにわけてひらかれましたが,これらの会場のあいだをゴンドラにのって移動することができました. 通常,イベントに参加する観客は会場全体を一度にみることはできないとしても,移動しながら,その全体にふれることができます. (ただし,例外として日本と韓国に分散してひらかれた FIFA ワールドカップをあげることができます.)

これに対して,マラソン大会においてはメイン会場はありますが,選手はそこでスタートし,メイン会場をでて路上をはしります. 最後はふたたびメイン会場にもどってきますが,ほとんどの時間は路上にいます. 観客はメイン会場にいるか,または路上の特定の場所にいます. 選手をおいかけていくことはできません. 選手をおいかけることができるのは,テレビのカメラマンなど,かぎられたひとたちだけです. 観客にとって,全体を把握するにはむしろテレビのまえにすわっているほうがよいのですが,それでも,おおくのひとは “参加” したくて路上にでていきます. この “参加” のおもな内容は,選手がとおりかかったときに直接見聞きし,応援することです. 周囲にいるほかの観客とともに選手をみて応援すること,それがマラソン大会に参加することによる非日常的な共体験のなかみです.

キーワード: 万国博覧会, イベント, 共体験, 非日常性

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