Subject: [Kiroku:	(237)] Kirokushitsu Tsuushin No.17 (1/2)
Date: Wed, 20 Mar 96 03:29:39 +0900
From: funaken@ccs94.cla.kobe-u.ac.jp (Takeo Funahashi)
...[中略]...

舟橋@事務所でお泊まり です。

 ええっと、ようやく記録室通信第17号が出来上がりました。正確に言うと、
テキストバージョン以外(マックドロー・バージョン)は19日のお昼頃に出来
上がっていたのですが、テキスト化が遅れてしまい、事務所に泊まる羽目にな
ってしまいました<^^;>

 しばらくメールが読めない状況にあったのと、返事を書く余裕がなかったた
め、Kiroku-MLの方の議論が中断されたままになっていますね。申し訳ない。
 
 とにかく、この通信の発信(FAX送信・郵送などの煩雑な事務も含む)が
終わったら、話をしていきましょう!なるべく風通しのいい議論をしたいもの
です。>ねえ、佐々木さん!

 記録室通信の方も、今回は前回以上に『難産』でした(前回は「決意表明」
に過ぎなかったのだから、当たり前かも知れませんが→第一稿があがってから
二週間近くかかってしまった・・・)。内容に関しての議論も出来るかと思い
ます。折角のメーリングリストですから、どんどん意見を出し合っていきまし
ょう。
 それでは、お送りします。

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             #####################

                    記録室通信(Renewal)
                                19-Mar-1996 第17号

             #####################

                                             Quake Chronicle Project
                                                    震災・活動記録室
              −はじめに−

 厳しい冬の寒さもようやくやわらぎ、春の兆しが感じられるようになりまし
た。しかし被災地は春の気配とはほど遠い、重い空気がたれ込めています。
 仮設住宅という言葉がありますが、この四文字をどのように読みとればいい
のでしょうか。仮の生活、一時的なすみか。「仮設後」という言葉まで出てき
ました。
 この仮設をめぐって現在いろいろな問題が起きています。その中でも展望の
ない「住」の問題が一番関心が高いようです。人は心安らぐ場が確保出来てこ
そ、生きて行く力が湧くものです。
 記録室は震災があぶり出した諸問題をひとつひとつ考えてゆきたいと思いま
す。被災地が直面している問題は、震災が起きて今まで隠れていたものがあら
わになったのであり、日本はもともとこれらの問題を抱えていたと思います。
 皆さんのご意見、ご感想をお待ちしています。



  −仮設住宅の内と外−
             その2 帰り道

 Nさんの住んでいた長田の古いアパートは、震災で一瞬のうちに全壊した。
ここでNさんはずっと一人暮らしをしていた。いつから一人暮らしが始まった
のか。ご主人とは死別だったのか。Nさんはふれたがらないが、そこでは家賃
も安く、同じような境遇の人も多いアパートだった。
 モーニングコールのように、すっとドアを開け、お隣のおばあさんは話し掛
けてくれる。市場の魚屋のおじさん、八百屋のおばさんとも顔見知りで、地域
で支えあって毎日暮らしてきた。

 Nさんは崩れたアパートの下敷きになり、2日後にやっと助けだされた。そ
のときにはもう、親しかった隣人の何人かは亡くなっていた。毎週開かれてい
るS仮設住宅でのお茶会で、ある時Nさんは、記憶をこじあけるように、こう
私に語ってくれた。

 いつもNさんは、お茶会の始まる前から、ふれあいセンターにやってきて、
大きな声で私に話し掛けてくれる。長田で生まれ育ったNさんの両親や兄弟と
一緒の子ども時代が、生き生きと語られ、Nさんの一番幸福だった頃を垣間見
る想いがする。

 一見元気なNさんが、実は長田でこんなつらい目にあっていたことを知っ
て、私は言葉も出ない。Nさんは、今の長田の惨状を受け入れがたく、心の中
には楽しかった長田の日々が息づいているのだろう。いつの日か、人生の大半
を過ごした長田に帰りたい、きっと帰れる、それを心の支えに、仮設で生きて
いる。

 いつの日か戻りたい。いつか必ず長田の街はもとに戻るだろう。いや、もし
かしたら、それはもう・・・・・。Nさんは行きつ戻る。行って、また仮設に
帰ってくる。しかし、また長田へ通う。

 こんなNさんと同じように、だめかと思いながら、たどっているたくさんの
お年寄り。たどりついてほしい。そのために他人の私はどんなことをすればよ
いのだろうか。お茶会の帰り道、私の心はうずいている。震災で痛めた足を引
きずりつつ、Nさんの長田通いは続いている。        (季村範江)




            −深刻な<住>の問題−

 被災地には様々な問題が山積していますが、中でも住宅の問題は非常に深刻
なものです。
 今回の震災で神戸市では少なくとも約6万戸が全壊しました。多くの人は仮
設住宅に入りましたが、それ以外の県外に避難した人や避難所に残っている
人々の実態はきちんと把握されていません。仮設住宅に入居した人だけを見て
も、行政の住宅建築計画では家賃が高すぎて入居できない人があまりに多いこ
とが分かっています。ましてや全体を考えれば、低家賃公営住宅は現在の計画
数では全く足らず、かつ家賃もまだ高すぎるのが現実です。
 ここではこれらの問題を具体的な数値を使って整理したいと思います。神戸
市のことが中心となり、市外の実情については言及できておりませんが、ご了
承ください。


1.何人のひとが家を失ったのか?

 −6万4千戸以上が全壊・全焼のため滅失
 今回の震災によっていったいどれほどの家屋(住宅)が被害を被ったのか
---実はこの最も基本的な数字の一つが、いまもって正確には把握されていま
せん。神戸市内6区を中心になされたある調査によれば(注1)、神戸市内だけ
で少なくとも約6.4万戸が全壊・全焼となっています(表1参照)。

            −表1:住宅被災戸数−

      全壊全焼  半壊半焼  一部損壊  無被害    合計
 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 東灘区   17,757    7,725   12,589   21,402   59,473
 灘区    12,122    6,099   10,864   16,525   45,610
 中央区    4,517    4,987   11,557   23,047   44,108
 兵庫区    7,611    8,957   15,278   13,831   45,677
 長田区   15,402   11,316   15,745   12,528   54,991
 須磨区    6,848    6,065    6,224    5,804   24,941
 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       64,257   45,149   72,257   93,137     274,800


 ―仮設住宅だけではない避難生活
 さらに、家を失った人たちのその後についても、家屋をどうにか修繕して住
み続けている人、また市外県外の公社・公団住宅に住む人など、その実態は十
分には把握されていません。昨年末の国勢調査(速報値)によれば、兵庫県で
は約15万人の人口減が見られますが、ほぼこの分に当たる被災地からの人口流
出があったと考えられています。
 避難所や待機所、公園のテント等に暮らし続ける人はいまなお31カ所、575
人(280世帯)以上になります(注2)。
 この3月末をもって「待機所」を廃止し、その他避難所等からも退去を要請
する、また、4月以降は仮設住宅への入居斡旋はしない、という見解が神戸市
から示され(2月22日各紙報道)、兵庫県被災者連絡会などの住民は強く反発
していますが、市は「強制的に排除することはしない」と表明するにとどまっ
ています。
 また、公団住宅の空き部屋(主に県外)へ約3,000世帯の被災者が入居して
いますが(注3)、その入居期限が同じく3月末で切れます。彼らも「せめて仮
設なみの入居条件を」と要望していますが、現在のところ、住宅・都市整備公
団からは「短期間の期限延長はありうる」との返答があるのみです。
 いずれの場合も、「仮のすまい」から「恒久住宅へ一日も早く」という点で
は仮設住宅にいる人たちと全く同じ問題を抱えています。さらにこの人たちに
は、震災の経済的・精神的なダメージと度重なる避難・転居に加えて、「3月
末退去」という不安が心に重くのしかかっています。

注1:日本都市計画学会関西支部および日本建築学会近畿支部都市計画部会の
  合同調査「阪神・淡路大震災被害実態緊急調査」(95年3月)
注2:「待機所」7カ所187人、「その他」24カ所388人。神戸市災害対策本部
  「待機所等速報値」(96年3月11日現在)。これは市により「避難所」と
  認められなかった場所を含まないため、実数はこれより多い。
注3:市外・県外避難者ネットワーク「りんりん」事務局長・中西光子氏


2.仮設住宅の人々について

 ―84.4%の人が恒久住宅への転居見込みたたず
 昨年末、神戸市が行った調査によると総建設戸数32,346戸のうち、
30,526戸の入居が確認されています(注4)。
 仮設入居者の30%強が高齢者のふたり暮らしかひとり暮らしです。震災前、
借家住まいの人が全体の約3分の2を占めていて、そのうち70%は家賃3万円
以下の住宅で生活していました(注5)。自力で仮設住宅を出て恒久住宅へ移
る見込みのある人は15.6%で、84.4%の人々が見込みがないと答えています
(図1、表2参照:注4)。

<−図1:仮設から恒久住宅への展望−は円グラフのため割愛しました>

        −表2:恒久住宅への転居見込み−

                    戸数    %
    −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
    恒久住宅への転居見込みあり   3,835   15.6
       96年3月末までに転居    1,010   4.1
       96年9月末までに転居     759   3.1
       97年3月末までに転居     646   2.6
       97年4月以降に転居      263   1.1
       未定             1,157   4.7
    恒久住宅への転居見込みなし  20,716   84.4
    −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
          計        24,551   100

 ―40、50代男性の4分の1が失業中
 96年1月の調査では、仮設入居者の70%は公営賃貸住宅への入居を希望して
いると答えています(注5)。希望家賃額も以前より低めの2〜3万円で生活が
震災前より苦しくなっていることがうかがわれます。
 特に、仮設住宅に住む「40、50代男性の問題」が深刻です。約4分の1が失業
中であり、健康状態も震災前に比べて悪化したという人が他の世代に比べて高
くなっています。
 また、震災後の医療費負担金の免除措置が95年末で打ち切られたため、経済
的に追いつめられた40代から60代の人々は必要な医療さえ受けにくくなったと
訴えています。

注4:神戸市民生局「仮設住宅入居実態調査」(95年12月)
注5:阪神・淡路大震災救援復興県民会議、中央社会保障推進協議会「人権、
  生存、生活と社会保障の全国調査」(96年1月)


3.県・市の住宅建築計画について

 ―7万2千戸の建設予定の中で、低家賃である公営住宅はわずか1万戸
 神戸市の住宅建設計画(平成7〜9年度)によると、災害公営住宅(対象は低
所得者層)は、神戸市域分で1万戸、兵庫県全域では1.8万戸しか建設されませ
ん(表3参照)。
 公営住宅法では、災害公営住宅は滅失戸数の5割まで建てられると決められ
ています。しかし、現在の制度では、用地取得やそのための資金獲得は自治体
まかせになっており、現在の被災自治体の財政状況では十分な用地の取得が極
めて困難です。
 被災地の自治体に、住民被災者の生存を確保する余力がないとすれば、国家
レベルの支援策の拡充が不可欠であり、かつその具体化は緊急を要します。
 また、家賃面でも災害公営住宅は月平均4〜5万かかるため、年金生活者や生
活保護者には辛い状況にあります(注6)。その他の復興住宅についても、特
定優良賃貸住宅(特優賃)は家賃の軽減措置はあるものの、家賃はいずれ月10
万円を超えてしまいます。また、所得月額が18.1万〜57.6万円でなければ特優
賃の対象とはならないので、低所得者にとっては手の届かないものです。

注6:県受け付けの災害公営住宅への入居希望登録(約3万4千世帯)の震災前
  の状況(神戸新聞3月16日朝刊)
  【家賃】2万円未満11%、2万円台21%、3万円台24%。つまり、56%まで
  が4万円未満の家賃だった。
  【年収】53%が300万円未満。低所得層、年金生活者が多い。

          −表3:災害復興住宅建築計画−

  住宅種別    建設戸数  家賃         対象
 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 公営住宅     10,000   低所得者向け     全半壊、全半焼
  神戸市(再建含)  7,500  しかし当初4〜5万円  の世帯、高齢者
  兵庫県       2,500  弱、3年毎にアップ   ・障害者を優先
 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 再開発系住宅    4,000   改良住宅以外は高家賃
 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 特定優良賃貸住宅 10,500   中所得者向け     全半壊、全半焼
  神戸市       7,500  傾斜家賃(当初8万円、 世帯、所得月額
  兵庫県       3,000  5年後12〜13万円)   18.1〜57.6万円
 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
             神戸協同病院院長・上田耕蔵先生作成資料より


4.「長田区に低家賃の災害公営住宅の大量建設を求める請願署名」活動に
 ついて

 ―3万3千人の人口減少に、現在わずか76戸の災害公営住宅
 長田区は震災で受けた被害が市内で最も大きかった地域です。市内の激甚被
災地区(注7)の人口減少率は約18%ですが、長田区の人口減少率は26%で市内
最大を記録しています(人数では3万3千人で3万4千人の東灘区に次ぐ)。
また、被害をうける前から、生活保護率が4.51%(神戸市平均1.54%)、高齢化
率が16.4%(同11.5%)という高い数値を取っていました。このことからも、長

田区は低所得者層が比較的多く住んでおり、生活保護や年金に頼って生活して
いる人が多い地域ということが分かります。しかし「住宅復興3カ年計画」の
中で、長田区に建設される予定の災害公営住宅は、96年1月の発注状況(新規
市営住宅6,000戸のうち、2,910戸が発注済み)では県営・市営を合わせても76
戸しかありません(県営:6戸、市営:70戸)。これでは、長田に住んでいた
人たちが地元に帰って来れません(図2参照)。
 そこで、長田区自治会連絡協議会長や長田区医師会会長などが呼びかけ人と
なって、「長田に低家賃の災害公営住宅をたくさん作ってもらおう」と3月2日
から署名活動が始まり、5項目の請願をしています。特に「家賃は3万円以下に
してください」という項目は、震災前の木造賃貸住宅の平均家賃が1.3万円
だったことからも、非常に重要な項目であるということが分かるでしょう。
 5月から議会が始まり、6月には神戸市の復興公営住宅最終案が発表される
(そこで新規市住の残りが発注される予定)ので、議会が始まる前までに長田
区住民の半数−約5万人の署名を集めることを目標にしています。署名活動に
ついての問い合わせ先は、神戸医療生活協同組合まで(Tel.078-641-1651)。   
        

注7:東灘・灘・中央・兵庫・長田区および須磨区南部

<−図2:災害公営住宅の発注状況−は円グラフのため割愛しました>

  −長田区に低家賃の災害公営住宅の大量建設を求める請願署名請願事項−

  1、区内の公有地に災害公営住宅を建ててください。
  2、区画整理・再開発地域の中にも災害公営住宅を建ててください。
  3、区画整理・再開発以外の地域(白地)にも災害公営住宅を建ててく
    ださい。
  4、家賃は3万円以下にしてください。
  5、住宅建設・用地確保のための国庫補助の拡充を国に要請して下さい。

                      (担当:舟橋 健雄、ほか)


            −「待つ」ということ−

 またたくまに一年二ヶ月が過ぎていった。ある年齢を超えると、時間の過ぎ
去るスピードに、驚き、溜息を衝くということはよくあることだが、よく躓い
た者だけが驚くことができる。

 阪神大震災という、市民の約半数までが、何らかのダメージを蒙らざるをえ
なかった、巨大な規模の出来事を通過した立場にとって、意味は少し違ってく
る。気づく気づけぬにかかわらず、時間の経過のなかに分極化が起こり、その
ことにどうしても気づけない悲惨が、驚きとも無縁に、復興という名を語りな
がら進行している。

 差異が明らかになった。「通過した立場」の中身により、彼はもう何もな
かったかのように以前の暮らしに戻っている。戻れない彼女は、待機所で乳飲
み子を抱え、しかも退去通告すら受けているというように、差異は拡大してい
る。

 家とか職場も同時に失う。さらに、かけがえのない人まで亡くすという、直
接的なダメージを受けた人でも、「通過した立場」により、事情は違ってし
まった。その人の経済的基盤、社会的ネットワーク、そして性格というか個性
により、被災後の在り方に、微妙な、決定的な差異が現れでてしまったのであ
る。

 この差異は見えにくく、しかもわかりづらくなってきている。被災者間の格
差という以上に、事態の見えにくさは水面下で進んでいる。
 もう何ごともないように、公園のわきを通り、出勤する人。公園の樹木のか
げで、テントで暮らす人。この違いが、どうして生まれたのか。被災を受けた
同じ神戸の住人であっても、係わり方の回路は見いだしにくい。前の生活が、
ほとんど戻った人には、理解しがたい状況が、見えにくい形で向こう側に展開
されている。

 この隔たりを、どう埋めたらよいのか。このままでは、差異の拡大だけが進
んでいく。自分とあの人との回路が見いだせない。そういってうずくまるあい
だにも、時間は残酷に過ぎていく。

 ひとりひとりの個別の「苦しみ」に対し、他者としての係わりは、どのよう
に可能なのか。或いは不可能なのか。どのように歩めば、他者の「苦しみ」に
到達できるのだろうか。私達の現在は、今もってどうしていいのか、「わから
ない」そのことを遠回りにたどっているようにも見える。
 しかし、確実に「待つ」人が在り、「待つ」人に答えを出さねばならない立
場の人が在る。このとき、「待つ」ことは、どういうことなのか。「待つ」人
のなかに、時間はどうながれるのか。

 「待つ」といえば、そこに期待がこめられる。淡い希望が感じられる。しか
し、「待つ」ことは、しばしば裏切られる。裏切られることで「待つ」姿勢が
鍛えられるとでもいうように。
 震災後、仮設やテント、待機所などで避難生活を余儀なくされる立場は、こ
の「待つ」人に属する。神戸市、兵庫県などは、行政的立場から、具体的な回
答を提示する側に属する。図式では、そう言えるだろうし、被災後のさまざま
な過程で、そのことに係わる交渉は、随所に展開された。

 神戸市民のひとりでありながら、何ごともなかったように生活する私を含
め、その構造にどう係わるのか、どのような回路を示せば、他者の「苦しみ」
に係わることができるか。目の前の「悲しみ」を見過ごし、会社と家との往復
に沈み、どうしてそんなふうに生きていけるのか、私達はそのことを考えてい
きたい。

 人は人を理解できない。まさに理解不能の場所から、他者への通路を考えね
ばならない。すると、一度「待つ」ことの希望が裏切られ、しかしなお「待
つ」ことを希求する。ただひたすら「待つ」ことしかできない在り方が、おの
ずと見えてくるのではないか。「待つ」ことだけが存在の証しである、という
ようなこころが、私達にぼんやりとその輪郭を明らかにしてくる。

 見えない所で分化が起きている。人権闘争として明らかな共同行為に取り組
む立場。何らかの個別の事情を抱え、外部との通路を見いだせずに弧絶する人。
 仮設の内部でも同じである。被災者でありながら、既に自治会などの役員と
なり、明日にでも仮設を後にできるが、なお踏み留まる人。家賃二万円の、あ
の長田に帰りたい、しかしもう、戻れないのではと(被災者向け県営住宅の建
設計画が、中央区では865戸なのに、長田区ではわずか6戸である)内部に鬱屈
し閉じ籠もる人、というふうに。

 ここで、第三の在り方を具体的に示してみたい。
 行政に対する絶えざる異議申し立て機能を担い続けることである。公平とい
う名で何が切られ、何が零れ落ちていくのか。待つ人、裏切られ、なお待たざ
るを得ない人。待つことの忘却。私は、忘却の忘却という問題まで射程に入れ
たいのだが、私達の立場として、行政の側で在りながら、被災者とのはざまで
苦しみ、もはや行政の言葉では語れず、さりとて個人としても振る舞えぬ葛藤
の言語化を先ず目指したい。【※註】
 あらゆる場所で現在、何がどのように進行しているのかを、具体的事例に即
しリアルタイムで発信すること。個人の責任において、そのことに地道に係わ
っていくのは言うまでもない。               (季村敏夫)

註:原稿の校正段階の3月14日夜、神戸市助役の小川卓海氏(64)自死の報
  が入った。震災以後、小川氏は復興区画整理事業に精力的に携わって
  きた。
   かかる事態があろうことは予測されていたものの、現実の方が言葉
  を襲ってきたと、私は暗澹とした。
   これは結末ではない。あくまで発端に過ぎない。これからが、始ま
  りなのだ。言葉でとらえられたものは、血で表現されたものを埋めつ
  くすことは決してできない。現実からの手酷い復讐を受けながら、私
  達は今後の道のけわしさを覚悟している。
   報道はひとりの有能な行政マンの死を大きくとらえていたが、小川
  氏と違い「孤独死」「餓死」「前途を悲観しての自殺」等、わずか数
  行で葬られた人々のことも忘れることはできない。
   神戸新聞翌日夕刊に、森南協議会会長・加賀幸夫氏と兵庫県被災者
  連絡会会長・河村宗治郎氏のコメントが掲載されていた。両者のコメ
  ントとも、ある苦悩がにじみでていた。苦悩は、小川氏の死と、明ら
  かに被災後の社会が産んだ無名(こんな形容は避けるべきかもしれな
  い。死者には名前があったのだから)の死者とのはざまから生まれて
  いた。私達の「震災・活動記録室」も、この苦悩を出生の場所にして
  いる。


               −後記−

 多くの犠牲を出したこの震災ですが、いまだに何万という人々の命と暮らし
が危機に瀕しています。地方行政すらその無力をさらけ出しつつあるこの巨大
な現実にどう取り組めばよいのか、行政・市民を問わず、多くの人がそれぞれ
の立場で関わり、闘い、悩んでいます。
 「明日は我が身」―一見安定しているこの社会が実は様々なリスクに満ちて
いることを、誰もが薄々気付きつつあります。
 「救援」とか「ボランティア」とかいう以前に、ごく自然に隣のおばあさん
を梁の下から助け出したあの頃。助け合いがごく当然のことのようにこの町内
で、あそこの避難所で、行われました。そこで見えたはずの<大切なこと・必
要なこと>が、「政治」や「行政」という話になると、とたんに硬直してしま
う(しかしその「硬い話」を抜きにして生活の再建・復興は考えられません)。
「あなたと私たちの街」にとっての<大切なこと>を、柔らかく政治や行政に
つなげる、その回路をどのように私たちは創ってゆけるのでしょうか。

 いま被災地では、これまでバラバラだったいくつかの動きが互いの「立場」
を認めながら、ようやく連携を模索し始めました。この1年余の間は「ネット
ワーク」という言葉のみ踊り、具体的な目標の共有よりも方法や哲学の違いば
かりが強調されていたように見えましたが、いま、それを乗り越えようという
機運は確かに芽生えつつあります。
 その中での小川卓海・神戸市助役の不慮の死。行政と市民という二項対立の
発想だけでは捉えきれない構造が、その死に隠されています。その構造に私た
ちは目を向けてゆきたいと思います。
 人と人とがどのようにつながれるのか。互いの距離を測りながら、どう架橋
してゆくのか。私たち自身も「様々な試み」に参加し、ともにつくり、発信し
てゆきたいと思います。                  (実吉 威)


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