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ユビキタス・コンピューティングとエージェント指向コンピューティング

「ユビキタス・コンピューティング」 は Xerox PARC (パロアルト研究所) のマーク・ワイザーが 1990 年ころに提唱した概念であり,いつでもどこでも,のぞみの情報やサービスを供給することを意味しています. しかし,それだけでなく,ワイザーはこのことばに,当時さかんに研究されていた 「エージェント指向コンピューティング」 と対立する意味をあたえていました*

ユビキタス・コンピューティングの 「ユビキタス (ubiquitous)」 は 「遍在する (いつでもどこでもある)」 という意味です. ユビキタス・コンピューティングは情報やサービスが遍在し,それを実現するコンピュータそのものはみえなく (invisible) なった世界を実現するものです.

エージェント指向コンピューティングの思想は現在でもコンピュータ科学・技術の世界におけるひとつの主要な思想です. このかんがえかたにおいては,ひとがエージェントに仕事をたのんで楽をすることをかんがえます. 「エージェント」 ということばは 「代理者」 つまり仕事をかわってやってくれるひとということですが,秘書のようなものだとかんがえればよいでしょう. 自分ではできない仕事を秘書にかわってやってもらう. やってもらうことによって秘書の能力はさらにたかまるでしょうが,依頼者は学習しない,したがってバカになってしまうかもしれません. これに対してユビキタス・コンピューティングは個人のパワーを道具によってたかめることをめざしていました. パワーがたかまれば,むずかしい仕事が自分でできるようになります. つまり,人間の能力をよりよく発揮できるようにします. 仕事をやる過程で学習して,そのひとの能力がたかめられます.

仕事の種類や,ときとばあいによってエージェント指向とユビキタスのうちどちらがよいかはかわるでしょう. しかし,抽象的にかんがえるかぎりは,(誇張的な表現ですが) 私には人間をバカにするエージェント指向より人間の能力をたかめるユビキタスのアプローチのほうが魅力的におもえます. そのため,私はこれまで研究テーマのうえで 「知的なエージェント」 をあつかったことは一度もありません. なにか判断したり選択したりする必要があるとき,エージェントがそれをやるのでなく,人間が判断や選択をしやすい状況をつくることをめざしてきました.

軸づけ検索においては 検索結果を整理してユーザにみせることによって,ユーザがよりおおくの情報から選択したり,情報どうしの関係をみつけたりすることができるようにすることをめざしました. また,voiscape においてはさまざまな音源のなかからほしいものを,自動的にすなわち知的エージェントがえらびだすのではなく,おおくの音源のなかからユーザが選択できるようにすることをめざしました. これらの研究はまだ十分な成果をあげているとはいえませんが,これらの 「ユビキタス」 にもとづくかんがえかたは,これからも追究していく価値があるものだとおもっています.

* ワイザーがユビキタス・コンピューティングとエージェント指向コンピューティングとを対立的にかんがえていたといういいかたは,もしかすると誇張かもしれません. Weiser [Wei 93] にはつぎのような表現があります.

Unlike the intimate agent computer that responds to your voice and is a personal assistant, ubiquitous computing takes place primarily in the background. Whereas the intimate computer does your bidding, the ubuquitous computer leaves you feeling as though you did it yourself.

しかし,ワイザーがこれ以上の対比的な表現をつかっていたかどうかについては私はしりません.

参考文献

[Wei 93] Weiser, M., "Hot Topics: Ubiquitous Computing", IEEE Computer, Vol. 26, No. 10, pp. 71-72, October 1993.

Keywords: ubicomp

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2007-09-08 13:34に投稿されたエントリーのページです。

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