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   <title>講義ノート</title>
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   <updated>2008-02-02T07:20:52Z</updated>
   <subtitle><![CDATA[大学の非常勤講師としての講義ノートや，それに類するメモなどをあつめています． 
公開したくないコメントは yasusi&nbsp;@&nbsp;kanadas.com におくってください．
もし内容にあやまりがあれば，あとからでも訂正しますので，連絡してください．]]></subtitle>
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   <title>宣言的な GUI 記述</title>
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   <published>2007-08-14T08:00:25Z</published>
   <updated>2008-05-25T06:28:10Z</updated>
   
   <summary> GUI を手続き的に記述するかわりに，とくにその静的な部分を宣言的に記述する方...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="インタラクション" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.kanadas.com/lecture-notes/">
      <![CDATA[<p>
GUI を手続き的に記述するかわりに，とくにその静的な部分を宣言的に記述する方法がいろいろ開発されてきた． 
そのなかには XUL, Views [Bis 04], Struts, ASP.NET, XAML などがある． 
これらのおおくは独立に開発されてきていて，相互の関係もあまり明確でなく，また標準化への道はまだみえていない． 
限定的な範囲のサーベイとしては Bishop ら [Bis 06], Draheim ら [Dra 06] がある． 
</p>
]]>
      <![CDATA[<p>
GUI はかつては手続き的に (動的に) 記述された． 
しかし，すべてを手続き的に記述すると表示との対応がとりにくく，保守性がわるくなる． 
そのため，GUI の記述のなかでもとくにウィジェットの配置など，静的に記述できる部分は宣言的に記述されるようになってきた． 
</p>
<p>
Visual Basic のような GUI 開発環境においては GUI を視覚的に定義するが，これも宣言的な記述法のひとつである． 
Swing においても GUI は視覚的に定義することができるが，そこから手続き的な Java プログラムが生成される． 
Delphi のように視覚的に定義された内容を宣言的なまま保存しようとすると，プログラマからはわかりにくい表現をとらざるをえない． 
</p>
<p>
より形式的な記述においては XML がつかわれるようになった． 
HTML ドキュメントを操作するのに JavaScript がつかわれるようになり，操作対象としてのドキュメントの記述には DOM (Document Object Model) がつかわれるようになった． 
JavaScript は最近では Ajax とともにますますつかわれるようになり，それにともなって DOM もつかわれている． 
</p>
<p>
1998 年ころに Mozilla のための記述言語として XUL がつかわれるようになった． 
Mozilla プロジェクトからうまれた Firefox や Thunderbird はひろく普及したが，XUL は現在も他のプロジェクトにおいてはあまりつかわれていない． 
</p>
<p>
CGI はもともと Perl のような言語によって手続き的に記述されていたが，Struts, ASP.NET などのフレームワークにおいては Web インタフェースの宣言的な部分と手続き的な部分とが分離されるようになっている． 
</p>
<p>
JavaScript/DOM もそうだったが，Struts や ASP.NET は Web インタフェースむけに開発されたものであり，1 台のコンピュータ上でとじた精密な GUI を記述するには十分でなかった． 
これに対して XUL は Microsoft Windows のために十分な記述力をもつ言語として開発された． 
類似の言語は他にもあるが，Windows 上で確立された GUI に関しては，表現力という点で XUL をこえるものはないとかんがえられる．
</p>
<p>
また，上記の言語が動的な部分の記述をあいかわらず手続き型の言語にたよっているのに対して，Haskel をつかって動的な部分も宣言的に記述しようとした FranTk [Sag 00] もある． 
</p>
<ul>
<li>[Dra 06] Draheim, D., Lutteroth, C., and Weber, G., "Graphical User Interface as Documents", Design Centred HCI (CHINZ 2006), pp. 67-74, July 2006.
</li>
<li>[Bis 06] Bishop, J., "Multi-platform User Interface Construction -- A Challenge for Software Engineering-in-the-Small", ICSE'06, pp. 751-760, May 2006.
</li>
<li>[Sag 00] Sage, M., "FranTk -- A Declarative GUI Language for Haskel", ICFP'00, pp. 106-117, 2000.
</li>
<li>[Bis 04] Bishop, J. and Horspool N., "Develping Principles of GUI Programming Using Views", SIGCSE'04, pp. 373-377.
</li>
<li>[Pin 00] Pinheiro, S. P., "User Interface Declarative Models and Development Environments: A Survey", DSVIS 2000, LNCS 1946, pp. 207-226, Springer-Verlag, 2000.
</li>
<li>[Eis 01] Eisenstein, J., Vanderdonckt, J., and Puerta, A., "Applying Model-Based Techniques to the Development of UIs for Mobile Computers", IUI'01, pp. 69-76, 2001.
</li>
<li>[Thi 05] Thiemann, P., "An Embedded Domain-Specific Language for Type-Safe Server-Side Web Scripting", ACM Trans. on Internet Technology, Vol. 5, No. 1., pp. 1-46, February 2005.
</li>
</ul>
]]>
   </content>
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   <title>あふれる情報</title>
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   <id>tag:www.kanadas.com,2007:/lecture-notes//24.2347</id>
   
   <published>2007-12-08T04:56:37Z</published>
   <updated>2007-12-16T16:00:12Z</updated>
   
   <summary> この世界にはさまざまな情報源がある．  新聞，雑誌，テレビ，ラジオなどのマスコ...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="あふれる情報" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.kanadas.com/lecture-notes/">
      <![CDATA[<p>
この世界にはさまざまな情報源がある． 
新聞，雑誌，テレビ，ラジオなどのマスコミや，書籍，Web，メールもある． 
電話には固定電話と携帯電話がある． 
</p>
<!-- p align="center">
<img alt="huge_info.jpg" src="http://www.kanadas.com/lecture-notes/huge_info.jpg" width="323" height="414" />
</p -->
<p>
我々は，これらの情報源から大量の情報をうけとっている． 
新聞からの情報量として，リチャード・ワーマンによれば，「ニューヨーク・タイムズの平日版の情報量は，17 世紀イギリスの平均的な人が人世の間に得るであろう情報量よりも多い.」 という (リチャード・ワーマン, 2001)． 
またワーマンによれば，雑誌からは 「アメリカ合衆国では，毎年およそ 9600 種のさまざまな定期刊行物が発行されている.」 という (ワーマン, 1989)． 
日本の雑誌についてみると，9700 種くらいの雑誌があるという (<a href="http://www.ndl.go.jp/jp/data/sakuin/sakuin_index.html" target="_blank">http://www.ndl.go.jp/jp/data/sakuin/sakuin_index.html</a>)．
近年，日本ではフリーペーパーがひろく配布されるようになっているが，これは 500 種くらい (<a href="http://www.freepapernavi.jp/" target="_blank">http://www.freepapernavi.jp/</a>) あるようだ． 
</p>
<p>
メールについてみると，ワーマンはつぎのようにいっている． 
「電子メッセージング協会の試算では，今年 1 億 800 万人のユーザーが 7 兆通以上の電子メールを受け取ることになる．あなたも含め，1 人当たり約 6 万 5000 通の計算だ.」 (ワーマン, 2001)
</p>
<p>
ワーマンはこういう情報の全体を歴史的に比較して，「最近 30 年間に生産された情報のほうが，それ以前の 5000 年の間に生み出された情報よりも多い.」 といっている (ワーマン, 1989)．
</p>
<p align="center">
<img alt="various_media.jpg" src="/lecture-notes/various_media.jpg" width="485" height="464"/><br />
図 さまざまな情報源とあふれる情報
</p>
]]>
      
   </content>
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   <title>人間のかぎられた能力</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.kanadas.com/lecture-notes/2007/12/post_2.html" />
   <id>tag:www.kanadas.com,2007:/lecture-notes//24.2348</id>
   
   <published>2007-12-08T04:58:34Z</published>
   <updated>2007-12-16T15:37:42Z</updated>
   
   <summary> 人間が外部からとりこんだり，外部にとりだしたりする，つまり入出力することができ...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="あふれる情報" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.kanadas.com/lecture-notes/">
      <![CDATA[<p>
人間が外部からとりこんだり，外部にとりだしたりする，つまり入出力することができる情報はかぎられている． 
したがって，世界中にあふれている情報をひとりの人間がすべてとりこむのは不可能である． 
よりおおくの情報をやりとりするためには，人間が生来もっている能力をよりよくいかすことが必要である． 
</p>
<p>
Card は人間の情報処理モデルを提唱しているが，それによれば，人間の情報処理はつぎの 3 つのステップでおこなわれる．
</p>
<p>
知覚 (入力) → 認知 (記憶・処理) → 行動 (出力) 
</p>
<p>
これはコンピュータやロボットのモデルとおなじである．
ただし，コンピュータは情報を出力するだけだが，ロボットは人間と同様に行動することができる．
</p>
<p>
人間の知覚能力はおもに感覚機能すなわち五感による． 
それらは，視覚，聴覚，嗅覚，味覚，触覚 の 5 つである． 
</p>
<p>
また，認知能力についていうと，ほとんどの記憶・処理は脳でおこなわれる．
</p>
<p>
さらに，情報出力に関する能力としてはつぎのようなものがある． 
まず，人間は声によってことばを出力する． 
また，図，文字 (ことば) を手書きで出力することもできる． 
もちろん，手書きのかわりに，熟練すれば手書きより高速なタイプ (タイピング) という手段をつかうこともできる． 
</p>
<p>
これらのかぎられた知覚，認知，行動の各能力をもっといかすには，どうすればよいだろうか?
</p>
]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>人間の能力をもっといかすには?</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.kanadas.com/lecture-notes/2007/12/post_3.html" />
   <id>tag:www.kanadas.com,2007:/lecture-notes//24.2349</id>
   
   <published>2007-12-08T04:59:14Z</published>
   <updated>2007-12-16T15:52:47Z</updated>
   
   <summary> 人間の生物学的な能力は数万年前も現在も，それほどかわっていないとかんがえられる...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="あふれる情報" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.kanadas.com/lecture-notes/">
      <![CDATA[<p>
人間の生物学的な能力は数万年前も現在も，それほどかわっていないとかんがえられる． 
しかし，現代では文明のちからによって，以前よりその能力がいかされるようになっているとかんがえられる． 
そうだとすると，人間の能力をもっといかすためのひとつの方法は，ここ数十年のあいだに飛躍的にたかまったコンピュータのちからを借りることである． 
それはユビキタス・コンピューティング (ubicomp) のかんがえかたである． 
ユビキタス・コンピューティングについては ... においてよりくわしくのべるので，ここではただ，ふれておくだけにとどめる．
</p>
<p>
コンピュータのちからを借りて人間の能力をたかめるためには，知覚能力，認知能力，情報出力に関する能力のそれぞれについて検討が必要である．
</p>


]]>
      
   </content>
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   <title>知覚能力をいかすには? ― 視覚について</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.kanadas.com/lecture-notes/2007/12/post_4.html" />
   <id>tag:www.kanadas.com,2007:/lecture-notes//24.2350</id>
   
   <published>2007-12-08T05:02:12Z</published>
   <updated>2007-12-16T16:01:07Z</updated>
   
   <summary> まず，3 つの能力のうち，知覚能力をコンピュータをつかっていかすにはどうすれば...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="あふれる情報" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.kanadas.com/lecture-notes/">
      <![CDATA[<p>
まず，3 つの能力のうち，知覚能力をコンピュータをつかっていかすにはどうすればよいかをかんがえる． 
知覚能力のなかでも視覚がもっとも重要な能力だとかんがえられるので，ここでは視覚を中心にかんがえることにする． 
視覚がもっとも重要だとかんがえる理由は，人間が一番おおくの情報を知覚できるのは視覚だからである．
</p>
<p>
人間にとってまず重要なのは文字情報の知覚であるが，文字の認知には逐次処理が必要なので，入力速度は比較的ひくい．
</p>
<p>
それに対して写真や図などの画像は，直観的に把握することができるので入力速度がはやい． 
つまり，文字とはちがって図表をつかえば並列処理ができるとかんがえられる． 
人間どうしのコミュニケーションでは，とくに印刷をつうじたコミュニケーションにおいては図表や画像がよくつかわれる．
コンピュータの出力においてはかならずしも図表がおおくつかわれているとはいえないが，ここでも図表化すれば把握しやすいはずである．
</p>
<p align="center">
<img alt="figure_table.jpg" src="http://www.kanadas.com/lecture-notes/figure_table.jpg" width="241" height="89" /><br />
図 図表をつかうことによって把握が容易になる
</p>
]]>
      
   </content>
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<entry>
   <title>どうすれば，ほしい情報をうまく知覚できるか?</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.kanadas.com/lecture-notes/2007/12/post_5.html" />
   <id>tag:www.kanadas.com,2007:/lecture-notes//24.2351</id>
   
   <published>2007-12-08T05:02:40Z</published>
   <updated>2007-12-16T16:10:28Z</updated>
   
   <summary> ほしい情報をうまく知覚できるようにするには，つぎの 2 つの操作をあわせてつか...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="あふれる情報" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.kanadas.com/lecture-notes/">
      <![CDATA[<p>
<img alt="selection_arrangement.jpg" src="http://www.kanadas.com/lecture-notes/selection_arrangement.jpg" width="253" height="382" align="right" hspace="4" />
ほしい情報をうまく知覚できるようにするには，つぎの 2 つの操作をあわせてつかえばよい．
</p>
<dl>
<dt>情報の選択<dt>
<dd>選択とは，あふれる情報のなかからほしい情報だけをとりだすことである．
</dd>
<dt>情報の整理</dt>
<dd>整理とは，知覚しやすいかたちに加工することである．
</dd>
</dl>
<p>
右図の 2 つの矢印がこれらの操作に対応している．
</p>
<p>
ここまでは特定のメディアにしぼらずに比較的一般化した議論をしてきたが，ここからさきはおもに文字情報をあつかうことにする． 
それは，文字情報が現在コンピュータによってあつかいやすいからではあるが，他の種類の情報についても，ある程度は同様のあつかいができるはずである．
</p>
]]>
      
   </content>
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   <title>選択の方法</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.kanadas.com/lecture-notes/2007/12/post_6.html" />
   <id>tag:www.kanadas.com,2007:/lecture-notes//24.2352</id>
   
   <published>2007-12-08T05:03:34Z</published>
   <updated>2007-12-16T16:19:32Z</updated>
   
   <summary> 2 つの操作のうち，ここでは選択についてかんがえる．  選択の方法としてつぎの...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="情報の選択・検索" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.kanadas.com/lecture-notes/">
      <![CDATA[<p>
2 つの操作のうち，ここでは選択についてかんがえる． 
選択の方法としてつぎのようなものがかんがえられる． 
</p>
<dl>
<dt>ナイーブな選択</dt>
<dd>とくに高度な，あるいは系統的な方法をつかわない，単純な選択である． 
たとえば，パーティでの人や話題の選択などがこれにあたる． 
メディアからの情報を選択するとき，特定のメディアからの情報だけを知覚すること，たとえば特定の番組や雑誌しかみないというような選択も可能だが，これらもナイーブな選択だということができる．
</dd>
<dt>検索</dt>
<dd>検索はより高度で系統的な選択の方法であり，ひろい範囲からなんらかの方法で情報をえらびだすことをいう．
かつては機械のちからを借りずに検索がおこなわれたが，現代では情報が膨大にあるので自動的な検索，とくにコンピュータのちからをつかった検索が必須になっている．
ただし，人力検索もすてがたい． 
つまり，検索の際に人間の知性あるいは知恵が利用できれば，機械にはできない検索が可能になることもわすれてはならないだろう． 
</dd>
</dl>
]]>
      
   </content>
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<entry>
   <title>検索の方法</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.kanadas.com/lecture-notes/2007/12/post_8.html" />
   <id>tag:www.kanadas.com,2007:/lecture-notes//24.2353</id>
   
   <published>2007-12-08T05:03:54Z</published>
   <updated>2007-12-16T16:51:20Z</updated>
   
   <summary> 検索の方法についてかんがえる．  ひろい意味での分類項目からの検索の方法として...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="情報の選択・検索" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.kanadas.com/lecture-notes/">
      <![CDATA[<p>
検索の方法についてかんがえる． 
ひろい意味での<strong>分類項目からの検索</strong>の方法として，つぎのようなものがある．
</p>
<dl>
<dt>カテゴリーからの検索</dt>
<dd>
<img alt="yahoo_old.jpg" src="http://www.kanadas.com/lecture-notes/yahoo_old.jpg" width="357" height="339" align="right" hspace="4" />
Yahoo は現在では検索エンジンをそなえ，またポータルサイトの顔をしているため，本来のすがたがみえにくくなっているが，本来は Web のディレクトリ検索を実験したものである． 
右の図は Yahoo がまだこの本来のすがたをはっきりとしめしていた時期のものである． 
つまり，その基本は人手で WWW 上の情報を分類してディレクトリをつくることが目的だった． 
現在でもそれがひきつがれている (現在はどこがちがうか?)．
</dd>
<dt>50 音順の配列からの検索</dt>
<dd>国語辞典，百科事典などでは項目が 50 音順に分類 (配列) されている． 
項目ごとに整理されているという点ではカテゴリーへの分類とちかい． 
</dd>
</dl>
<p>
<img alt="google_old.jpg" src="http://www.kanadas.com/lecture-notes/google_old.jpg" width="375" height="238" align="right" hspace="4" />
また，分類項目からの検索とならぶ方法として，<strong>テキストからの検索</strong>がある． 
Google (右図参照) によって代表されるのがこれである． 
つまり，Google においては Web におけるキーワード検索が実現されている． 
この方法においては “機械的” に Web 情報のインデクスをつくり，それをつかって検索する． 
<!-- 画像，音声などからの検索もありうる． -->
<p>
<img alt="hypertext.jpg" src="http://www.kanadas.com/lecture-notes/hypertext.jpg" width="415" height="223" align="right" hspace="4" />
もうひとつの方法として<strong>ハイパーテキスト検索</strong>がある (右図参照)． 
ハイパーテキストとは複数のテキストをリンク (ハイパーリンク) でむすびつけ，リンクをたどりながらテキストをよむことができるようにしたものwである． 
リンクをたどることによって，目的のテキストにすぐアクセスすることができる． 
たとえば，WWW のリンクをたどるのがこの方法である． 
(ディレクトリ検索に似ているが，ちがう．
どこがちがうか?) 
</p>
]]>
      
   </content>
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<entry>
   <title>環境管理型アーキテクチャとセキュリティ管理</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.kanadas.com/lecture-notes/2007/12/post_7.html" />
   <id>tag:www.kanadas.com,2007:/lecture-notes//24.2430</id>
   
   <published>2007-12-31T05:36:11Z</published>
   <updated>2008-02-02T07:20:52Z</updated>
   
   <summary> 東 浩紀 [Azu 03] はフーコー [Fou 75] の議論にもとづき，秩...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="セキュリティ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.kanadas.com/lecture-notes/">
      <![CDATA[<p>
東 浩紀 [Azu 03] はフーコー [Fou 75] の議論にもとづき，秩序を維持するための機構として近代社会においては<strong>規律訓練型アーキテクチャ</strong>がつかわれてきたが，現代においてはそれが<strong>環境管理型アーキテクチャ</strong>によっておきかえられつつあることをのべている． 
</p>
<p>
現在は国や自治体のレベルにおいて環境管理型アーキテクチャがひろくつかわれるようにはなっていないが，企業などの組織におけるセキュリティ対策や情報漏洩対策においては，すでにこのアーキテクチャがひろく使用されるようになっている． 
すなわち，<strong>セキュリティ・ポリシー</strong>とよばれる規則を組織の構成員が自発的にまもるのではなく，それを強制する情報システムが構築され，それによってセキュリティへの脅威や情報漏洩の危険を未然にふせぐようになってきている．
</p>

</p>
]]>
      <![CDATA[<h3>規律訓練型アーキテクチャと環境管理型アーキテクチャ</h3>

<p>
東 浩紀 [Azu 03] の議論をこの場に即してかきかえると，<strong>規律訓練型アーキテクチャ</strong>とは，ひとりひとりの内面に規範=規律をうえつけることによって秩序を維持するアーキテクチャである． 
また，<strong>環境管理型アーキテクチャ</strong>とは，ひとの行動を外部から制限することによって秩序を維持するアーキテクチャである． 
20 世紀なかばまで，ひとびとは，東が 「大きな物語」 と呼んでいる，社会の構成員全員が共有する行動様式や価値観にしたがって，みずから規律にしたがってきた． 
それによって規律訓練型アーキテクチャがうまく機能してきた． 
<!-- イデオロギーをまなび，ことばによって説得されることによって，-->
</p>
<p>
ところが，20 世紀の最後の 30 年間に日米欧などの先進諸国は，「ポストモダン化」 とよばれる政治的，社会的，文化的におおきな変化をとげた． 
ポストモダン化は 「大きな物語」 が徐々に崩壊していく過程を意味している． 
この崩壊によって，規律訓練型アーキテクチャは機能しにくくなった． 
そのため，規律訓練型アーキテクチャにかわるものとして環境管理型アーキテクチャが登場してきた． 
環境管理の思想は 「セキュリティ」 ということばをめぐって展開されている． 
それは実世界においては，たとえば監視カメラにもとづく防犯というかたちですがたをあらわしてきているが，そのアーキテクチャはまだそれほど明確にしめされているわけではない． 
それに対して，サイバースペースにおいては環境管理型アーキテクチャがより明確なかたちであらわれてきている． 
</p>
<p>
コンピュータが使用されるようになる以前から，規律訓練型アーキテクチャは機密情報や核兵器のような危険性のたかいものの管理のためには十分でないとかんがえられてきた． 
すなわち，この節において登場する認証，認可，暗号などのしくみが使用されてきた． 
しかし，現在ではこれらが情報システムのなかにくみこまれ，セキュリティ・ポリシーを強制する環境管理型アーキテクチャが他分野の管理にさきがけて確立されてきている．
</p>

<h3>環境管理型アーキテクチャによるセキュリティ管理</h3>

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この節においてはセキュリティ管理のための環境管理型アーキテクチャについて説明する． 
企業などの組織におけるセキュリティ管理のためには，その組織の構成員が個人ごとまたは組織内ではたす役職 (role) にもとづいて識別 (<strong>認証</strong>) され，個人や役職ごとにアクセス可能なシステム情報がきめられ (<strong>認可</strong>され) る． 
情報は物理的に隔離されるかまたは<strong>暗号化</strong>されて，認可された個人や役職以外からはアクセスすることができない．
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このアーキテクチャはつぎのような要素によってささえられる． 
セキュリティ管理のためにはまず<strong>セキュリティ・ポリシー</strong>があり，それをささえる基本機構として，<strong>認証機構</strong> (authentication mechanism)，<strong>認可機構</strong> (authorization mechanism)，<strong>暗号機構</strong> (cryptography mechanism) がある．
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<h3>セキュリティ・ポリシー</h3>

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セキュリティ・ポリシーは企業などの組織がセキュリティ対策をおこなううえでの方針や規定などを明文化したものである． 
セキュリティ・ポリシーが明文化されていなければ，情報システムによってなにがどのように保護されるか，あるいは防止されるかが明確化されていないことになり，有効なセキュリティ対策をとることは困難である．
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セキュリティ・ポリシーにもとづいて情報システムやそれがふくむデータベースの内容などがきめられる． 
セキュリティ・ポリシーは人間が読む文書のかたちで記述されるが，現在の技術ではこれをもとにして自動的にシステムを構築することはできない． 
すなわち，システム・エンジニアなどがセキュリティ・ポリシーを解釈してシステム仕様をきめる必要がある． 
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通信をおこなう際には送信側と受信側の組織，および通信路を提供するキャリアやプロバイダなどのそれぞれがきめたセキュリティ・ポリシーが整合的である必要がある． 
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<h3>認証機構</h3>

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対象となる個人やその役職，あるいは対象となる機器などを特定し確認することを認証 (authentication) という． 
環境管理型アーキテクチャにおいては，このように，ひとや機器などを特定し確認することが基礎となる． 
認証機構は，情報や機器へのアクセスが発生したときに，アクセスしようとしたひとや機器を認証する．
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<h3>認可機構</h3>

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認証されたひとや機器などに対して，他の特定の機器や情報へのアクセスを許可することを認可 (authorization) という． 
認可機構は，アクセスを認可するかどうかや認可の条件などを記述し，対象となるひとや機器がアクセスしようとしたときにそれを許可または拒否する． 
個々のコンピュータにおいてはファイルへのアクセスの認可条件がアクセス制御リスト (ACL, Access Control List) として記述されている． 
また，ネットワークにおいてはそのネットワークに接続された外部のネットワークからのアクセスを認可するかどうかをきめるため，ファイアウォールが設置される． 
ファイアウォールはフィルタ (フィルタリング規則) にしたがってアクセスを許可または拒否する．
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<h3>暗号機構</h3>

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暗号とは，もとのテキストを変換して，変換後のテキストを見ても特別な知識なしではもとのテキストがわからないようにした表記のことをいう． 
また暗号化とはその変換のことをいう． 
暗号機構は暗号化およびその逆変換である復号化を自動的におこなう機構 (ソフトウェアまたはハードウェア) である． 
コンピュータによる暗号通信をおこなうときは，送信側で暗号化をおこなってから送信し，受信側では受信したデータに関して復号化をおこなう． 
これによって，通信路において暗号化通信を傍受してもその内容を把握することができなくなる． 
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<h3>参考文献</h3>

<ul>
<li>[Azu 03] 東 浩紀, 大澤 眞幸, “自由を考える”, 日本放送出版協会, 2003.
</li>
<li>[Fou 75] Michel Foucault, “Surveiller et punir, naissance de la prison”, 1975. (ミシェル・フーコー 著, 田村 俶 訳, “監獄の誕生”, 新潮社, 1977年).
</li>
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