Path: trc.rwcp!rwc-tyo!news.iij.ad.jp!inetnews.niftyserve.or.jp!niftyserve!TBE01656 From: 金子郁容 Newsgroups: tnn.interv.ngo-npo Subject: THE THIRD POWER Message-ID: Date: 29 Mar 1995 01:15:00 +0900 Lines: 159 MIME-Version: 1.0 Content-Type: text/plain; charset=iso-2022-jp  インターVネットのコーディネータをしている慶応大学の金子郁 容です。震災の経験を通じてわれわれは、いつでも何でも行政がや ってくれるのを待っていたのではいけないということを学びました。 震災の復興事業はもちろん、もっと一般的に社会運営のひとつの有 力な担い手として非営利組織の力に注目しています。インターVネ ットを作ったのも、日本において、政府や企業だけでない第三の力 が今後十分に社会から認知されるように、ボランティアや非営利組 織の人たちが平素から意見交換し、広い層の人々と情報を共有でき るための受け皿を作りたかったということがあります。  以下は、1994年2月1日付けの日本経済新聞の「経済教室」の欄に 掲載された私の意見です。この会議室に関心を持っている人の参考 になるかと思い転載します。一部を引用したり、全体を転載すると きには、出典と著者名を明記してください。 「第三の原理」と新しい社会システムの構築  金子郁容(一橋大学商学部教授:当時) 要約:政局の混迷は深まり、不況の出口は見えない。日本を支えて きた社会、経済システムが「金属疲労」を起こしている。これまで、 ある種の秩序と柔軟性をもたらしてきた日本型の意思決定や雇用制 度も、今や、マイナス要因の方が大きくなっている。事態を打開す る力は、現行のシステムからは出てきそうにない。本稿で私は「三 つの情報組織原理」という考え方の枠組みを提唱する。このうち 「第三の原理」は、最近関心が高まりつつあるボランティアの考え 方に通じるものであるが、これまで、平面で捉えていたところに、 三つ目の軸を立てて新しい方向性を探ることで、企業と行政と地域 をつなぐ新しい社会システムの構築に向けていくらかのヒントを与 えられれば幸いである。 本文:最近、ボランティアに対する関心が高まっている。これは、 従来の考え方の枠組みが手詰まり状態に陥っている中で、あながち、 偶然ではないであろう。つまり、単に「人助けをしよう」というこ とではなく、ボランティアが、各自の社会への関わり方や、ものご との進め方に対する新しいアプロ−チを提示するのではないかとい うことを、多くの人が直観的に感じ始めているようだ。  ボランティアとは、根本的には個人の感受性に根ざした「つなぐ 力」であるが、それを組織原理として展開させたものを考えたい。 理論的枠組みを構成するために、ここで、三つの(情報)組織原理 があるという見方を取ることを提案しよう。  第一の原理は、情報を上層部に集中し、権限によって組織すると いう「ヒエラルキ−」である。二つ目は「市場原理」であり、そこ では、すべての情報が価格に集約され、そのシグナルによって構成 員が自己組織的に結びつき、自由競争によって効率性が達成される と想定されている。  「第三の原理」(「ネットワ−ク組織原理」、ないし、「情報編 集原理」と呼んでおく)のいくつかの特徴をあげると、情報を共有 することによってまとまりを作り、負のフィ−ドバックによる管理 ではなくマイナスをつないでプラスに転じる正のフィ−ドバックに よる展開を促し、多様な評価基準、構成員の自発性、そしてコミッ トメントの深さによって誘発されるリ−ダ−シップを重視する、な どである。その根本には、ボランティアの本質である、与えること と与えられることのインタラクションがある。(これは、政府が第 一、企業が第二、公益団体やボランティア団体などが三つ目のセク タ−を構成しているとする『セクタ−論』とは基本的に異なる。 『セクタ−論』は一定の成果はあげているものの、その各セクタ− の役割分担という枠の作り方では、時代が要請するダイナミズムは 捉えきれないであろう。)  これまでの組織論や経済学では、企業は第一と第二の原則の組み 合わせとして分析されてきた。しかし、企業の実態は明らかにそれ 以上のものがある。現代企業は、好むと好まざるに拘わらず、商品 やサ−ビスを通じてより多様なつながりを社会と持ってしまってい るし、売れるものを作りさえすればいいというだけのアプロ−チで は、社会からの承認は得られない。また、日本企業は、安定性のた めに企業内失業やある種の非効率性を許容したりしているなど、 「第三の原理」は実質的に、かなりの程度、組み込まれているので ある。  その点を明示的にとりだし、これまでの枠組みである平面に第三 の軸を立て、企業だけでなく、政府も非営利組織も、これら三つの 情報原理軸の張る空間に浮かんでいるものとして捉えようというわ けである。その空間の中で、各組織が基本方針としてどの軸を重視 するか、また、さまざまな局面によって三つの軸をどうバランスさ せ、結びつけてゆくかという視点をとるのである。  このような捉え方をすることによって、いくつかの洞察が得られ る。本稿では、地域問題を解決するための新しい社会システムを構 築する可能性に絞って述べよう。  地域のさまざまな問題については、中央省庁がすべて上意下達で 執り行うことは、現実的に不可能である。かといって、第一の原理 がだめなら、即、第二、つまり、市場原理に任せるだけでは問題解 決にはならない。たとえば、最近、保育制度改革に関する検討会の 報告書が出されたが、規制のために硬直化していると言われる保育 所の運営に市場原理を持ち込むことを狙った厚生省案に対して、そ れは「国の責任回避」であるとの反対が強く、賛成反対両案併記と なった。利用者は負担増を心配し、保育所は経営環境が厳しくなる ことを懸念し、結局は規制の存続を望む声が少なくないという。  地域の問題は、地域の当事者が解決するというのが基本である。 しかし、このケ−スにあるように、当事者は自己中心になりがちで、 利害が対立しやすい。それを解決する方策として、規制 OR 自由競 争だけではなく、「第三の原理」に基づく、当事者による主体的ア プロ−チを組み合わせることが必要だ。それには、当事者同士が情 報を共有し、自分たちの手によって、個別の利害や立場を超えて意 見をまとめ、実行可能な提案を出すという「情報編集能力」を持つ ことが要求される。  その役目は、行政や企業ではなく、地域に基盤を置く非営利組織 が担うことが望ましいが、日本の非営利組織の現状は、公益法人は 実質的には監督官庁の「下請け」に過ぎないものが少なくないし、 多くのボランティア団体はひ弱い。非営利組織は「第三の原理」の 中心的担い手であるが、第一と第二の軸もしっかり意識して、(ピ −タ−・ドラッカ−が強調するように)マネジメントという概念を 適用することで体質強化をはかる必要がある。企業経営のノウハウ をもった企業人が大いに寄与しうる分野だ。  行政は、「第三の原理」を行政主導で進めるのではなく、むしろ、 地域の非営利組織を育成し、実績のある既存組織と協力することに 力を集中したほうが効果が上がるだろう。そのための財源について は詳しく検討する必要があるが、たとえば、「ゴ−ルドプラン」だ けでも補助金や交付金として六兆円の事業費を見込んでいるのであ るから、財源の有効利用のための配分の問題であろう。二十年以上 の実績に基づいて、自前の社会福祉法人を設立するなどして地域の 高齢者ケアに成果をあげている「杉並・老後をよくする会」など関 連四団体の活動に見られる、主体的な非営利組織を自治体が支援す るという事例や、在宅看護の非営利組織であるライフケアシステム が、訪問看護ステ−ションなど在宅医療制度設立の水先案内人とし ての役割を率先して果してきたケ−スなどが参考になろう。  中高年のホワイトカラ−層を中心とする「企業内失業者」は、百 万人から三百万人と推定されている。彼らの多くは「不要」のレッ テルを貼られて、職とプライドの両方を同時に失う事態に直面しつ つある。若年人口の減少によってマクロレベルでの雇用危機は起こ らないはずだが、国際的競争力を回復するために人件費の削減を迫 られている日本企業の中高年層にとって、見通しは明るくない。  一方で、地域の問題に対処するためのマンパワ−は極めて不足し ている。たとえば、介助者だけで、現在で四百万人、二千年までに は六百万人が必要とされると言われているが、要員確保の目処は全 く立っていない。コストを政府が負担するなら、これだけで、年間 一兆円以上の税出費が必要になるという計算もある。  このように、一方では人材が余り、一方では不足しているという 状態があるが、このミスマッチは市場原理や行政主導の施策だけで は解決できそうにない。従来の発想を転換し、企業の経験豊かな人 材を社会に「還流」するなどして、地域に基盤を置く非営利組織を 育成するという問題解決のアプロ−チができれば、すべてのマイナ スがプラスに転じる可能性がでてくる。その中で、中小企業による、 地元密着型の新たなビジネスチャンスが日本各地で生まれてこよう。  もちろん、これは、企業の一方的な首切りや、失業者をボランテ ィア(=タダ働き)として吸収するという行政や企業の責任回避の 方便として使われることがあってはならない。行政は、法人設置や 寄付の税金控除などについての制度の早期整備を図ることは当然の こととして、財政支出の配分を思い切って変更することで、また、 企業は、体質改善のために当然必要なコストとして、人材の再教育 と非営利組織運営支援のための基金を用意するなど、それぞれ責任 ある方策をとることが前提である。  雇用問題は先進各国において緊急度の高い政策課題と見なされて いる。スタンフォ−ド日本センタ−の今井賢一が委員として出席し ている OECD の専門家の集まりでは、従来の政策が軒並み行き詰ま っているという状況の中で、労働市場政策への支出の一部を地域の ニ−ズに基づいた再教育や訓練のために積極的に振り向け、社会の 全般的なキャパシティを増大させるしかないという意見が出されて いる。  最後に、外国における例を紹介しよう。退職者からなる非営利組 織であるシカゴの Executive Service Corps of Chicago は、地元 のボランティア団体や学校などを対象にして年間三百件以上のコン サルティングを実施している。代表者であるザヴァック氏は、この プロジェクトは、経営や企画のノウハウが不足している地域と、専 門知識を生かす機会を失った退職者の双方のマイナスをつないでプ ラスにするものであると述べている。英国では「セカンディ」とい う制度があり、企業が自社の社員をボランティア団体や公益団体に 派遣すると、出向者の給与を含めた経費が損金算入できるという。  今後、私は、「第三の原理」の理論基盤を整備し、企業と地域を つなぐ具体的プランの開発を検討するためのいくつかの研究会を作 り、また、東京の中野にある自前の小さな非営利組織を運営しなが ら、それなりのコミットメントを伴う形での実践的研究を進めてゆ きたいと思っている。